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死後の世界

馬鹿 禿(@baka-hage)の回答

回答No.17

>>死後の世界  非常にむずかしい問題ですね。  有史以来、多くの死後世界が説かれてきました。どれが正しくてどれが間違っているのか??一概には言えないことであると思います。  けれども人間の歴史を舐めちゃぁいけません。この難しい質問に一つの回答を提案した方がいらっしゃいます。それが仏教を開いたお釈迦様という方です。その答えを一言で言えば「無記」です。お釈迦様は死後については「語らなかった」といわれます。これを解釈する方の中には、お釈迦様が語らなかったから「死後は無い」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、私はそうではなくお釈迦様の「無記」は「語りえない」ということ。つまり「誰もが納得できる答えなど存在しない」ということだと考えています。「天国」「地獄」「六道輪廻」「黄泉の国」「浄土」、または「死んだら無になる」「死んだら終わり」という意見に至るまで、「誰もが納得できる答えなど存在しない」のです。  しかし、そこで終わらせてしまうのも面白くありませんねぇ。  確かに「誰もが納得することの出来る答えなど存在しない」けれども、私達は有史以来数多くとかれてきた死後の世界の中で、どのような死後を迎えるか選ぶことは出来ます。その死後が、どのような思想のもとに生まれ、人のどのような思いを表そうとしたのか??これを学ぶことで、自分自身が納得できる死後世界を選ぶことは、その死後の世界をいただいて生きるということです。死後を思うことは、死ぬことを考えることではなく、生に直結する質問にもなるのです。  ですから、たとえ「死んだら天国に行くんだ」という答えであろうと「死後など無い」という答えであろうとも、自分自身と真摯に向き合った態度の結果であるならば、その人は尊敬されるべき人です。  また、その答えは「死後が有る」「死後は無い」という対立しあう構造ではなく、「生き方の選択」という同質の答えになりうるのです。 >>私たちは死後、どこへいくのでしょうか?  私は浄土真宗という宗派を信仰しておりますが、その御開山親鸞聖人は「弥陀の五劫思惟の願はひとえに親鸞一人がためなり」とおしゃっておられます。親鸞聖人は「阿弥陀様が長い間かけて考え抜いて、お念仏を授けてくださったり、極楽浄土を建立したりしてくださったのは、全てはこの親鸞一人のためであった」と喜ばれました。「じゃぁ、他の人はどうでもよかったのか?」といえば、そうでは有りません。阿弥陀様が極楽浄土という帰るべき場所を用意してくださっているのは、今これを書いている私のためであったと、私もいただいております。そう考えると、なんだか嬉しくなってきます。  「死後の世界を説くと自殺が増える」なんて人がいますが、確かにその危険性も私は否定しません。ある意味こういった問題は意識的に付き合わなければ、生兵法は大怪我のもとです。けれども、その危険性も理解したうえで付き合ってみれば、まったく違う側面が見えてきます。例えば、帰るべき家があるからこそ安心して旅を楽しめるのと同じように、死後に極楽浄土という帰るべき場所があるからこそ、そっちはいつか帰ればいいんであって、娑婆の旅が楽しくてなかなか死ぬわけには行きません。なーんて、私は思っています。  さて、質問者さんあなたはどの死後を選びますか??「天国」?「極楽」?「六道輪廻」?「黄泉の国」?、または「死後は無い」?確かに「誰もが納得できる答えなんて存在しない」かもしれない、けれどもあなたの為の答えがどこかにあると思いますよ。  質問の文章を読む限り、質問者さんはまだ余白の多いキャンバスをお持ちのようです。それならば、答えを出すのはもう少し先にしてもらいたいなぁと思います。    読み返してみても、文章はまとまっていないし、第一答えになっていませんね。ごめんなさい。  合掌 南無阿弥陀佛

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