この質問の回答が、ある程度参考になる気がします。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=4173625
詳しくないのですが、以下、わかる範囲で。
> そもそも和音の成り立ちのはおおもとは4和音なのですか?
いわゆる「12音階」の西洋音楽の場合、3和音が基本です。
ポピュラー音楽は4和音が基本と考えることが多いようです。
楽譜上には和音を構成する音の一部が省略されて2音や3音しかない場合もありますが、省略された音も含めて和音が構成されていると考えます。
ポピュラー音楽のほうが和音を構成する音が多いのは、おそらく「人間は飽きっぽい」ということだと思います。3和音の音楽は4和音に比べて単調であるように感じたり、緊張感(テンション)が少ないように感じるので、より複雑な和声を求めて構成音が増えていったのでしょう。
私が教わった音楽の先生は「和音なんて自分でいくらでも作れる」と言っていました。
> 和音とはこの音とこの音はあわせるときれいというのが研究されてつくられていて
むしろ逆だと思います。
和音とか和声学などの理論があとから出てきて、曲や歌が先にあったと考えたほうがよいでしょう。(初めて音楽を作った原始人が理論を先に考えたと思いますか、それとも、とりあえず歌いだしたと思いますか)
> 一曲のなかにはハ長調ならハ長調の和音、ト長調にはト長調の和音以外のコードははいってはいけないのですか?
一般的にそういうことをしないのは、「やったら気持ち悪い(快くない)音楽になるから」です。なぜ気持ち悪く感じるかは、ほとんど本能のようなものでしょう。
楽理と音楽は、文法と文章のような関係と私は考えています。
文法を逸脱している文章が必ずしも文学的でないとは言えない。が、逸脱しすぎれば意味がわからない文章になってしまう。
曲によっては、和音どころか不協和音さえも使っていることがありますが、たとえば、不協和音から始まり落ち着きのないメロディーやリズムを刻む曲には「不安な心理がよく表現されている」という評価が下されるかもしれません。が、不協和音だらけの音楽があったとすれば「聞くに堪えない雑音」になってしまいます。
どのへんまでが許容範囲で、全体として音楽が成立するかは最終的には作曲者の感性だと思います。理論をいかにコンピュータにプログラムしても、自動作曲された曲が人々を感動させたという話は聞きません。
> 基本がはいっていればところどころちがうコードがはいっても調はかわらないのですか?
転調したとも考えられますし、一時的にコード進行から逸脱したとも解釈できます。やりすぎれば「気持ち悪い」音楽になるのは前述のとおりです。
投稿日時 - 2008-07-16 11:07:38