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suzu_zou

人が亡くなると、哀悼の意を表すため「ご冥福をお祈りします」といいます。
しかし、ある調べ物をしていて、これは誤りだと主張する人がいた覚えがあります。
逆に死者を侮辱する心無い言葉だと。(浄土真宗だったような…)
なので私はこの言葉を素直に使えなくなってしまいました。

亡くなった人への哀悼の気持ちがないわけではなく、ちゃんといいたいのだけれど、
このことが頭をよぎって「どういったらいいのか」と悩んでしまうのです。

素直に使って、いいものなのでしょうか。

また、仏教以外の神道やキリスト教などではどうすればいいのか、
という疑問もあります。
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Aみんなの回答(全6件)

質問者が選んだベストアンサー

  • 2008-05-09 13:50:49
  • 回答No.4
弔辞に「他界、永眠、天寿、天命」などの言葉が多用されますが、どの宗教においても使える言葉ではありません。

「他界(冥界)」については、死後の世界を想定し、目に見えない存在(霊、魂)が行き住む場所を意図する言葉です。
浄土真宗では、悟りの世界(極楽浄土)に往き、生まれるのですから、『往生に素懐を遂げる』という言葉をご遺族は使用します。
「永眠」については、霊として復活する恐怖から、「永遠に目を覚まさないで」との願望も意図する言葉です。
浄土真宗では、極楽浄土で仏となられた故人は、休む暇なく私たちを真実に目覚めさせようとはたらいてくださるのですから「永眠」は不適切です。
従って浄土真宗では、「死」は眠りではなく、確固たる事実なのですから『死去』という言葉をご遺族は使用します。
「逝去」は他人の死の尊敬語です。
死に対する尊敬の部分を抜いた普通の表現は「死去」であります。
「他界、永眠、天寿、天命」などは耳触りが良く、多用されがちですが、前述のように仏教的な用語ではありません。
近親者との別れた悲しみを踏まえ、お念仏(仏法)に遇えた慶びを挨拶に頂戴するほうが、御同朋(仏教徒)として嬉しく思います。弔辞には、浄土真宗の教えにふさわしい用語を使用されることをご提案いたします。◎ 仏教でも、浄土真宗でも、故人の冥福を祈りません。
既にご承知と思いますが、冥福とは、「冥土(冥途)で幸福になる」と言う意味です。そして、この「冥土(冥途)」とは、仏教以外のものの考え方なのです。
つまり、ご遺族に「ご冥福をお祈りします」とご挨拶されることは、「亡くなられた方は、冥土(冥途)へ迷い込んだ」と言うことを意味し、「お浄土の故人を侮辱する無責任で心ない表現」と言えます。
亡くなられた方は、何の障害もなく、お浄土に往かれています。亡くなれば「迷う者」として、「祈る(供養)」と言うことは、果たして遺されたご家族の悲しい気持ちに対してふさわしいものでしょうか。
浄土真宗にご縁が深い方へのご挨拶なら、「○○さんのご冥福をお祈りします」ではなく、「○○さんのご遺徳を偲び、哀悼の意を表します」とか「ご生前のご苦労を偲び 、謹んで敬弔の意を表します」、「お浄土でお遇いさせていただくまで、しばらくのお別れです。長い間お世話になり、有難うございました」など、浄土真宗の教えにふさわしい言葉に言い換えましょう。

*****************************
以上が、インターネットで、検索した内容でした。

すなわち、「ご冥福をお祈りします」と言う言葉が、国内において、宗教を問わず、慣用化しているかどうかなんでしょうね。

ご自分が、浄土宗でもなく、仏教徒でも、ないなら、「ご冥福をお祈りします」を使っても問題は、ないと解釈すべきなんでしょうね。

ちなみに、良く、「天国で、幸せに」などと言いますが、仏教では、天国は無く、極楽ですから、これも、誤用なのかもしれませんが、現代日本では、舶来主義なのか、天国、冥福は、一般的に使うようになったですね。これは、マスコミの放送用語によるものと思われます。献灯と言う言葉も、マスコミでは、キャンドルサービスに、変えられます。古くから、神社仏閣の灯篭などに、献灯は、非常におおく使われていますが、多くの日本人が、生活の中では、使っていないからでしょうね。

結論は、それほど、気にされなくても良いと言う事でしょうか。
お礼コメント
ありがとうございます。

仏教でもキリスト教でも慣用化されている…んですかね。
ちょっと寂しい気はします。
投稿日時 - 2008-05-10 18:04:18
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その他の回答 (全5件)

  • 2008-05-09 13:39:50
  • 回答No.1
noname#59315

そんなことを言っていたら、全ての宗教宗派の教義を覚えなくてはならないことになりますよ。
むしろ、あなたがある宗教を信心しておられたとすると、その教義に逆らってまで相手の教義にあわせた哀悼の言葉を述べるおつもりですか?
素直にあなたの気持ちを表せばいいのだと思います。
お礼コメント
ありがとうございます。

うちは仏教のある宗派で、あまり深くかかわっているわけではないんですけどね。
でも気持ちを述べるのはまだ抵抗がありますね。
投稿日時 - 2008-05-09 19:23:12
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  • 2008-05-09 13:43:33
  • 回答No.2
以下のURLを参考にしてみてください。

 http://www.heart-denpo.com/message/ex03_1.html

「哀悼の意を表します。」「お祈りもうしあげます」などの表現を用いた方が汎用性があるようです。

また浄土真宗でもこの言葉は使わないので注意が必要のようです。
以下のURLを参考にしてみてください。

 http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%BD%CA%A1
お礼コメント
ありがとうございます。

こういう言い回しがあるのですね。参考になります。
投稿日時 - 2008-05-10 17:57:32
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  • 2008-05-09 13:47:18
  • 回答No.3
ANo.2のjo-zenです。補足します。

なぜ、浄土真宗では使ってはいけないのか、その詳細については、以下のURLを参考にしてみてください。

 http://www7.ocn.ne.jp/~kokubo/manner7.htm
お礼コメント
ありがとうございます。

浄土真宗以外の仏教自体でも、使わないようですね。
投稿日時 - 2008-05-10 18:02:48
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  • 2008-05-09 13:54:12
  • 回答No.5
冥福というのは死後の幸福のことです。

仏教の多くの宗派では、亡くなった人はすぐに仏様になるわけではなく、49日間(7日間×7)「冥土」をさまよい、生前の行いに対する裁きを受け、生前の行いによって次に転生する世界が決まるといわれています。ですので、満中陰とか四十九日法要を行うわけです。

香典の袋に「御霊前」と書く場合と、「御仏前」と書く場合があり、四十九日法要の前は「御霊前」、四十九日法要後は「御仏前」なのですが、それはこうした理由によります。

この言葉は、あくまで仏教用語であるため、神道やキリスト教など他宗教では使いません。また、同じ仏教でも浄土真宗の場合は「冥福を祈る」ことはありません。

どうして浄土真宗は「冥福を祈らない」のかというと、浄土真宗では、亡くなった方を「諸仏」と見るからです。諸仏の方々は、「この世でのはたらきが終われば、阿弥陀如来さまのお浄土へお還りになる(お浄土にお生まれになる)」と考えるからです。

冒頭に述べたように、故人は49日間(7日間×7)「冥土」をさまようわけですが、浄土真宗の人は「ご冥福をお祈りします」とご挨拶することは、「亡くなられた方は、冥土(冥途)へ迷い込んだ」ということを意味し、「お浄土の故人を侮辱する無責任で心ない表現」と考えます。

浄土真宗では、故人は何の障害もなくお浄土にいくわけなので、ちょっと意味が異なるのです。

つまり、「亡くなった方は、この世でのはたらきを終えて、阿弥陀如来さまのお浄土へ還られた(お浄土へ生まれた)」と、浄土真宗では考えるため、四十九日法要などもありませんし、死を汚らわしいと考えないので、葬式後塩で清めることもしません。四十九日法要をするとしても、それは「やっと無事仏になった」というよりも「遺族の心が整理され、別れの悲しみが癒され、本当に落ち着いて故人の死と向き合えるようになった」という意味合いが強いと思います。

いずれにせよ、他宗教や浄土真宗の場合であれば、「冥福をお祈り申し上げます」ではなく「哀悼の意を表します」「お悔やみ申し上げます」と表現した方ががいいでしょうね。
お礼コメント
ありがとうございます。

相手の宗派まで考えてというのが本来かもしれないですが、
大変だし、不自然なので、「哀悼の意を表します」などにしようと思います。
投稿日時 - 2008-05-10 18:06:38
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  • 2008-05-09 16:46:45
  • 回答No.6
浄土真宗の寺で生まれ育ちました。
#5さんの記述にあれ?と思ったので投稿します。
浄土真宗でも四十九日法要はしますよ。
ただ、ほかの宗派のように、故人が極楽に行けるように祈るためではありません。

浄土真宗の死にまつわる一連の儀式は、故人の死を悲しむとともに、その縁によって集まった人が、仏の教えにふれることができる場を持ててありがたいなあ、というスタンスで法要を行うのです。

「冥福を祈る」というのは「死後、迷わず幸福になれますように」ということです。
浄土真宗では臨終即往生といって、「南無阿弥陀仏(阿弥陀様に全てゆだねます)」と唱えることで極楽へ往生できると教えています。
つまり死んでから迷っているヒマはないのです。

また、浄土真宗では日頃から「祈る・願う」ということをしません。
ただ「仏法僧に帰依し、仏様の教えを守って生活します」と誓い、阿弥陀様にまかせておけば全て良いようにしてくださるんです。
故人のことだって阿弥陀様がきちんとしてくださることは疑いないことなので、迷いの多い私たちが「祈って」あげる必要はないんです。

「冥福を祈る」のも「安らかに眠って」もらうのも、発言者それぞれの信仰の問題なので、たとえ私の肉親の葬儀の時にそういわれても「それは失礼だ!」とは思いません。
その人の信じる宗教にしたがって、心を込めてくださっているのですから。
うちの門徒さんが言っているのを聞くとおいおい・・・とは思いますがね。

他宗についてはわかりませんが、市販のマナー集や葬儀社のサイトは話半分の参考程度に信じるのがいいと思います。
浄土真宗の立場から見ると、けっこうおかしなことが書かれていたりしますから、キリスト教や神道、仏教の他宗派についても専門家がみたら???なことがあるんじゃないかな。
一番確かなのは各宗派の公式HPや、お寺なり教会なりの住職や神父がやっているサイトだと思います。
お礼コメント
ありがとうございます。

あまり深刻にならなくてもよいのでしょうかね。
少し安心しました。
投稿日時 - 2008-05-10 18:07:45
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