解決済みの質問
歴史上の人物の名前は必ずしも本名で呼ばれる訳では有りません。
ポピュラーネームで呼ばれているのです。
一人でいくつもの名前を持つことが多いので一番ポピュラーな名前で呼ばれてます。単に覚えやすい為、混乱を避ける為です。
周の文武、漢の高祖、後漢の光武帝などの初代は国が成立する前は本名で出てくるので両方有名ですが後代の者はあまり本名では出てきません。
日本人の例なのでベストな例では無いですが、
吉田兼好をご存じでしょうか。
「徒然草」の作者ですが、この名前は後世の人が勝手に付けた名前です。
彼の名は卜部兼好で吉田神道、吉田神社が有名なのでそう呼ばれているのです。
(後代に「卜部」から「吉田」に名字を変更しました)
歴史上の人物は覚えやすい名称で呼ばれているだけです。
投稿日時 - 2002-09-03 15:52:56
お礼
お返事どうもありがとうございます。
>歴史上の人物の名前は必ずしも本名で呼ばれる訳では有りません。
ポピュラーネームで呼ばれているのです。
ポピュラーネームですか。なるほど。一人の皇帝に複数の名前があるのがちょっと現代とは違ってわかりにくいですね。
>日本人の例なのでベストな例では無いですが、
吉田兼好をご存じでしょうか。
「徒然草」の作者ですが、この名前は後世の人が勝手に付けた名前です。
なるほど、それは以前どっかで聞いたことがありますが、今回の問題にも当てはまりますね。
どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2002-09-04 00:42:06
1人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
蛇足になりますが、
>>もっとも朱元璋は「洪武帝」と呼ばれるのと半々くらいでしょうか…
>これは皇帝に即位した後の功績も大きかったと言うことでしょうか?
明代以降は皇帝一代につき元号一つが定着します(一世一元の制)。日本でも明治以降は天皇一代につき一つの元号になりました。
そうなると今の日本で天皇を元号で称する(明治天皇など)ように、当時の中国でも元号で呼ばれるようになります(明の洪武帝・清の康熙帝など)。
元号は廟号のように重複することがないはずですから、個人を特定しやすいわけです(諡号は初代・二代目についてほとんど決まっていたり、その皇帝の治世の様子で付けるとその判断基準が結局昔の皇帝になってしまったりするので)。
そんなわけで教科書などでも明代以降は元号で称するようになっているのではないでしょうか。
投稿日時 - 2002-09-04 17:10:49
お礼
こんにちは!お返事どうもありがとうございます。
なるほど、一世一元の制というのがありましたね。教科書などでも明代以降は元号で称するようになっている理由がよく分かりました。
今気づきましたが、洪武帝や康煕帝っての「洪武」や「康煕」って元号のことだったんですね。そのころに廟号から元号に名称が変わっていったんですね。本当にありがとうございました。
投稿日時 - 2002-09-04 23:57:45
現代の日本で唐の歴史について語るという前提で質問されているものとして説明します。
私も#1の方とほぼ同意見ですが、もう少し具体的な例で説明してみます。
初代の皇帝については、どの王朝にもいえることだと思います。
初代皇帝には高祖・太祖などがあてられる習慣があったので、
高祖・太祖だけでは、どの王朝の高祖・太祖なのか分かりませんよね?
それに初代皇帝は王朝成立前から活躍していますから、実名の方が通りが良いですからね。
前漢の劉邦も「高祖」よりも「劉邦」の方が通りが良いでしょう?
宋の趙匡胤も「太祖」よりも「趙匡胤」ということが多いでしょう?
清のヌルハチとホンタイジ、明の朱元璋についても同じことが言えると思います。
(もっとも朱元璋は「洪武帝」と呼ばれるのと半々くらいでしょうか…)
三国志に馴染みのある人なら分かりやすいのですが、
劉備のことを「昭烈帝」なんていってもピンときませんよね?
あと、二代目以降の名称も、文帝とか武帝とか、複数の王朝で使われるような名称が多いですから、
「漢の文帝」「魏の文帝」のように王朝名をつけるのが普通です。
以上で、初代が実名、それ以降が「王朝名+諡号」で呼ばれる習慣を説明してみました。
投稿日時 - 2002-09-03 15:06:45
お礼
こんにちはです!
>それに初代皇帝は王朝成立前から活躍していますから、実名の方が通りが良いですからね。
前漢の劉邦も「高祖」よりも「劉邦」の方が通りが良いでしょう?
宋の趙匡胤も「太祖」よりも「趙匡胤」ということが多いでしょう?
清のヌルハチとホンタイジ、明の朱元璋についても同じことが言えると思います。
確かに仰るとおりですね。教科書にもたいていそれで載っています。
>もっとも朱元璋は「洪武帝」と呼ばれるのと半々くらいでしょうか…
これは皇帝に即位した後の功績も大きかったと言うことでしょうか?
そうすると、本名か諡号で呼ばれるのかはその比率で決まってくるのですか?
>以上で、初代が実名、それ以降が「王朝名+諡号」で呼ばれる習慣を説明してみました。
わかりやすかったです!ありがとうございます。
投稿日時 - 2002-09-04 00:29:46
李淵も李世民も唐成立より前から活躍しており、その名前で定着しているというのが最大の原因だと思われます。
一応玄宗の李隆基も名前でてますが、他は知られてないですしね。
又、廟号も初代、2代目はかぶりますんであまり使わないのかもしれませんね。
李淵は高祖、李世民は太宗…何人も使ってる廟号なんであまり使わないかもしれ
ないですね。
どうしても高祖というと劉邦になってしまいますし…
太宗ですと李世民が真っ先に思い出されますが
投稿日時 - 2002-09-03 09:29:45
お礼
お返事どうもありがとうございます!
>李淵も李世民も唐成立より前から活躍しており、その名前で定着しているというのが最大の原因だと思われます。
なるほど、そういうことでしたか。
>又、廟号も初代、2代目はかぶりますんであまり使わないのかもしれませんね。
李淵は高祖、李世民は太宗…何人も使ってる廟号なんであまり使わないかもしれ
ないですね。
大変納得できる解答で、とても感謝しております。
それでは失礼します。
投稿日時 - 2002-09-04 00:24:25