こんにちは。
質問と回答を読んでいてふと思い出したことがあったので,
参考までに書かせてもらいます。
えーと,学生時代(つい最近ですが)に法哲学の授業を取っていて,
その教授がとても面白いことを言っていました。
法哲学とはかたっ苦しいですが,平たく言えば「正義とは何か」なんです。
で,その「正義」の対極に出てくる概念のひとつとして「差別」を取扱っていた時のこと。
「差別って悪いイメージあるでしょ? でもよく考えてみて。究極の差別って何だかわかる?? それは『愛』だよ『愛』!!」
つまり,人を愛するとは
「その人がその人である,ということただひとつを理由としていとしく思うこと」
だというんです。
差別というのが「合理的な理由なく,人に対する待遇を変えること」という定義付けをしているからですが。
仮に「こういう顔で,性格はこうで,容姿はこうで…だから愛している」と理由付けしてみたところで,
じゃあ,同じ条件をクリアする人がいるから,その人と取り替えて,
っていわれてもできないよ,となったらそれは愛してるといえることになる,と。
同じ条件をクリアする人と交換できるんであれば,
それはその条件をクリアする人々の「類型」を「好んでいる」に過ぎず,
その個人を愛しているのではないということになります。
これが正しいかどうかは解りませんが,結構私は納得しましたね。
mura111さんは「愛」といったらちょっと重すぎるって感じるかもしれないですが,
多分恋愛感情の「好き」と置き換えても差支えないと思います。
で,どうでしょう。
誰かと置き換えてみて,どう感じられますか?
なんだか,mura111さん,他の人と置き換えてもOKって感じも受けなくもないですが…(^_^;)
ひとつの考え方として…
投稿日時 - 2002-08-07 21:20:36