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ノブレス・オブリージュという言葉

noname#118466の回答

noname#118466
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回答No.2

参考URLによればnoblesse obligeという言葉が始めて使われたのは1837年のようです。フランス革命によって欧州に生まれた人権意識と絶対視されていた王権の否定、王に忠誠を誓っていた貴族や特権階級の立場が危うくなる中で、従来も一部の貴族が持っていたであろう慈善活動の精神が強く意識され始めたのではないかと思われます。従って、現在理解されているような高貴なものが貧者に施すという高邁な精神に基づく普遍的な習慣かどうかには疑問が残ります。意外と保身から生まれた必要悪だった可能性もあります。これは私の単なる想像ではなく、海外でいわゆる庶民以上の人々の言動を身近に見た結果、偽善を感じることがたびたびあったからです。生来偽善を嫌う日本人はnoblesse obligeの発揮が下手でバカ正直な行動をとるような気がします。その結果日本人も日本政府も西欧社会から批判を受けるような行動をしがちです。欧米では金持ちも特権階級も人間として、或いは一市民として行動する事が実にうまくスマートです。日本人は少し認められる地位に登ったり、金持ちになると、それらしく振舞う事に熱心で庶民と違う行動を取り、世間もそれを容認しがちです。これらの差は貴族と庶民が命をかけて争った歴史があるかどうかによるものかも知れません。体験と単なる知識の差ともいえるでしょう。 今日ではnoblesse obligeは特権階級だけのものではなく、人に勝る才能や技術を持つものが社会に貢献をする事は当然の義務とされます。さらに進んで個人から企業へも同じ考え方が適用され企業もよき市民たれ、と求められ、社会貢献をしない企業は生き残れない時代になってきています。王様や貴族のいた欧州で生まれたnoblesse obligeがアメリカ大陸にわたり、庶民が庶民のために負う義務としてボランティア活動、慈善活動として根づき、それが日本へも導入されたのではないでしょうか。 しかし、明治維新以来、日本では特権階級は出世と結びつけて考えられ、出世したものは高給、特権、役得を求め、世間に対する義務の側面が疎かにされ庶民もそれを強く求めないばかりでなく、そのような身分を容認し憧れる風潮があったような気がします。最近の政治家、警察、官僚等の目にあまる腐敗ぶりはそのような国民のチェックの甘さも遠因として認めざるをえないところがあると思います。

参考URL:
http://www.learningtogive.org/papers/concepts/noblesse.html

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