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死刑囚について

heichanの回答

  • heichan
  • ベストアンサー率39% (41/104)
回答No.4

yumikitiさんもすでにお読みかもしれませんが、死刑問題で活発な執筆活動をされている大塚公子さんの著書は参考になると思います。うろ覚えですがそれによると、死刑囚の扱いに関する現在の状況はもとからあったというより、徐々に閉鎖的・非人間的な方向にシフトしてきている傾向があるようです。 元来刑務所や拘置所は意外と現場の裁量が大きく、かつては面会や差し入れができたり他の受刑者との接触の機会もあったのが、次第に中央から現在の方向に指導されるようになってきたというような内容だったと思います。 最近死刑囚に限らず刑務所や拘置所での収容者に対する扱いが一般に厳しくなっているようです。まぁあるいは死刑囚などいくら苦しんで貰ってもかまわないのかもしれませんが、最近行政や社会機構の全体に渡って人権感覚、あるいはそれ以前の温情主義とか人間味のようなものが影を潜めて、非人間的な官僚機構の論理がすべてを仕切るようになってきているように思えてちょっと不安を感じています。 だからこそ役人だけに任せて置けないな、と思います。 少なくとも民主主義、という事を言うなら可能な限りオープンにするのが筋なのでしょうね。閉鎖的な面が目立つ日本の行政機構も所詮は市民の代理人で、何事によらず”最高責任者”は私たち市民です。まぁ裁判までTV中継するアメリカとは国情が違うのは確かですが、死刑は”市民が法の名において同じ市民を殺す”という究極の法的行為ですから、仮にも責任者である私たち市民が具体的にどう執行されているか聞いてない、という現状はいかにもマズいと思います。 これで”死刑存置が市民の意思”だと主張しても、それはアムネスティでなくてもそれでいいのか?と言いたくなるでしょう。 それと本来死刑囚に課される役務は”絞首によって死ぬ”ことだけですから、理論的には執行当日までは通信も含めて自由に普通の市民生活を送る権利があるはずです。もちろん実際にはそんな事はできやしませんが、死刑囚とは言え生きてる間は一応市民のハシクレですから、法的な正当性もなく自由の無い閉鎖的で劣悪な人権状況にダラダラと置いて許されてしまっている状況にはちょっと危惧を感じます。 死刑囚だからどうという事ではなく、役人にそんな権限はないはずという意味で。 実際shu_sさんのおっしゃる通り、とっとと片付けてしまえば良いと思いますよ。私の聞く限り、死刑執行を遅らせたり人目を忍んで行う法的根拠は何もないはずです。それこそ法相はじめ”行政”の怠慢以外の何物でもないと思います。執行令状へのサインを拒む法相などもいるようですが”やる気あんのか”と言ってやりたくなりますね。まったくお役所というやつは。

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