締切り済みの質問
近頃親による虐待が増えていますが、私がしつけとしてされてきたことは今の時代に当てはめると大方虐待になりそうです。
うちの場合は母親がとにかく厳しくて門限守らないと夜、父が帰ってくる10時くらいまで冬でも容赦なく玄関の外やベランダに閉め出されました。
拳で殴ることはなかったですが平手で頬を叩くのは普通のことで耳をひっぱって引きづられるようなこともありました。
でも私は自分が間違ったことをしたから叱られたのであって虐待とはとらえていませんし母もしつけの一環でしていたことです。
特に親子間も不仲などではないですし。
でも私が体験してきたあらゆることって今近所の人が見たりすると虐待にみられてしまいますよね。
私はそれで育ってきているのでもし将来子供を持つ事があれば同じしつけをするだろうと思います。
それは世間の目を考えた場合危険なことですか?
ただこのしつけに良くないと感じるところが二つあります。
一つは嘘をつかなければならない体質になってしまうことです。
例えばなにか失敗をして素直に言ったら怒られる→叩かれる→だから本当の事は隠す→結局叩かれる。
このパターンがまさに私でした。
結局どっちみち叩かれるんです。
叩かれるのが恐いから嘘を上塗りしてしまう。
それから自分と友達が話していて目の前で友達が何気なく手を上に挙げたとします。
これに過剰反応してしまう癖が未だに直りません。
そうなると友達はとても驚きます。
理由は言いませんが『癖で…』と言っています。
いくらしつけでもここまでに子供をしてしまうのは嫌なのである程度の自制は効かせてもやっぱり体の痛みで覚えさせないとというのは変わりません。
まだ結婚もしていなければ子供もいませんが悩んでいます。
先にも書きましたが自分が受けたしつけを続けてしまうのがこの場合良いのか悪いのかみなさんの意見を伺いたいです。
投稿日時 - 2005-08-01 20:10:12
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回答(7件中 1~5件目)
うちは父が厳しい人でした。
悪い事をすれば容赦なく怒られる。その時は外に出されたり平手打ちされたりと色々でした。
でも、怒るばかりではなく、時間があれば一日中でも遊んでくれ、色々な場所に連れて行ってくれました。
私は今は勿論、子供の頃からそんな父を尊敬しています。
弟と年が離れているので解った事ですが、叩くにしても手加減していたし、
外に出す時も、常に違う場所から安全を確認していました。
十分反省した後は《怒られた》とは思えない程、優しく接してくれました。
言葉にすれば体罰と言われるのかもしれませんが、私にとっては体罰ではなく躾でした。
実際、我が家で飼っていた犬が出産をし、子育てをしていました。
子犬が悪い事をすると、親犬は容赦なく噛み付きます。でも、手加減しているから子犬は怪我をしません。
その後、親犬は子犬を優しく優しく舐めて可愛がります。
これは虐待ですか?それとも犬だから、そんな怒り方しか出来ないのでしょうか?
今は《怒れない親》が多い為、引きこもり等の子供が多いのではないでしょうか?
私にとって、親とは優しく、何でも相談でき、尊敬し、また怖い存在でもあります。
学校で嫌な行事がある時、『今日は学校に行きたくない』と言っても、
容赦なく引きずられてでも連れて行かれました。
でも、本当に悩んでいたり落ち込んでいる時は、親が仕事を休んででも話を聞いてくれました。
ただ愛情もなく(言葉で)怒るだけ。自分が腹がたったから怒る。
小さい頃はその怒り方でも十分怖いが、大きくなった時にナメられる怒り方しか出来ない。
これでは世間一般の体罰より悪い体罰ではないでしょうか?
質問者様の求めている回答とは違ってしまったかもしれませんが、
自分の親からされた躾の中で、自分にとって良いと思われた躾は実行し、
『あの時はこうして欲しかった』等の事があるのでしたら、それは自分なりに改善して躾をされれば良いのではないでしょうか?
投稿日時 - 2005-08-02 12:11:08
>やっぱり体の痛みで覚えさせないとというのは変わりません。
でも、痛みを与えず覚えさせるのが一番だとは思いませんか?
私は、小さい子に言ってわからないから痛みで教えるというのは全くもって反対です。
いくら1歳や2歳でわからなくても、親の言葉の雰囲気や口調で叱られているのはわかるものです。実際うちの子(1歳8ヶ月)も、冷静に低く怖ーい声で叱るとやめます。
小さい子は、叩けばわかるというものではないです。叩けば「叩いていいんだ」と解釈する子もいます。何が悪いのかわからずに叩かれるからやめるでは、本当に無意味だと思います。
躾けで叩くことは絶対いけないとは思いませんが、言葉がつうじて話せる歳になるまで叩きたくないと思っています。
大きくなったら叩けばいいかというとやっぱりそれもよく考える必要があると思うんですね。
誰かを傷つける、わが子が傷つくおそれがある、それをすると一大事になる。そのくらいのことのときに痛みをもって教えるということは重要ですが、例えば宿題をしない。片付けをしない。そういうことでいきなり叩くのは???と思ってしまいます。
また、そのとき冷静かというのは本当に重要だと思います。自分が腹が立った勢いで叩くのでは、躾けでなく暴力です。叩きたくないけど、あなたのためを思っているんだということが伝わることが大事だと思います。
私達が子供の頃と今の子供とどこが違うのでしょう?
なぜ、昔は体罰があってものびのび育ったのに、現代では虐待だとか子供の犯罪につながるのでしょう?
私がある先生に聞いた話では、今の子供は「孤独」なんだそうです。
外で遊ぶことも少なく、テレビゲームさえあれば、一人でも遊べる世の中です。
親に叱られた、先生に叱られたストレスを発散する場がないので、叱られたことがストレスになってどんどん積みあがり、そういう心の闇が犯罪へとつながっていくこともあるそうです。
叱るべき時は叱る。でもそれを発散させる場、友達との外遊びや家族とのふれあい。そういうものをできるだけ子供に与えてあげたいですね。そういう場さえあれば、体罰もしっかり受け止めてくれる子に育つのかもしれません。
投稿日時 - 2005-08-02 11:11:53
まず、この問題を客観的に判断したいなら、
「お母様のしつけ方法をtokoro_sanはしない」という結論がでたとしても、
「お母様のしつけが間違っている」→「間違っているしつけにより育てられた自分はダメな人間だ」
とは絶対思わないでください。それとこれとは別です。
育児も学問と同様、進化するものです。昔はそうするのが良しとされていたのです。
現代で、記述の通りのしつけをしたら、それは虐待にあたるはずです。
私は、しつけと虐待の違いは『冷静か否か』で判断できると思っています。
tokoro_sanは子供を冷静に
>10時くらいまで冬でも容赦なく玄関の外やベランダに
締め出せますか?
お母様は冷静だったかもしれません。
が、これだけ虐待による被害がとりだたされている現代に、
自分の存在を否定してしまうかもしれない辛い質問をするような
生真面目で心の優しいtokoro_sanが冷静にできるとはとうてい思えません。
繰り返しになりますが、育児は進歩しています。
たくさん勉強していろいろなことを学び、
他のみなさんがおっしゃるとおり、tokoro_sanなりの子育てをされることを
切に祈ります。
投稿日時 - 2005-08-01 23:42:24
今まさに子育て真っ最中の者です。
実は、子供に手を上げてしまうことがあります。
でも、それは体の痛みで覚えさせるためと言うよりは、「なんでわかんないんだよう!」という腹立ちをぶつけているだけ。後でとても嫌な気持ちになります。体で覚えさせるため、というのはこの嫌な気持ちをまぎらわす、後から出た言い訳のような気がします。
門限の話がでていましたが、それ以外の平手打ちや耳を引っ張られたときに、どんな悪いことをしたか覚えてらっしゃいますか?「痛くて泣いたことは覚えていても、何故痛い目にあったのかは覚えていないことが多い。だから体罰は無意味」と読んだことがあります。案の定、まだ小さいわが子はあんなに叩かれたのに、又同じことをくりかえしているんですよね~・・・は~・・・。
体罰の結果、あなたは嘘つきになってしまった。怒られた理由は、嘘つきになってでも体に覚えさせなければならない重要なことだったのでしょうか?
世間の目、という以前に、かわいいわが子を嘘つきにするリスクを重要視してくれればと願ってやみません。育児は奇麗事ではできませんから、つい手を上げてしまうこともあると思います。でも、あげるときに「これは私が自己満足でやっていることだ」ということを確実にいいわけなしで自覚していることは、非常に重要なことだと思います。
投稿日時 - 2005-08-01 22:54:46