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唯心論の心は性質、唯物論の物の性質 同じでは?

ok9608の回答

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  • ok9608
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回答No.7

以下 感想です。 <物質=エネルギー+性質  つまりエネルギーはどのような形にも変化可能ですので それを真理の法則通りに変化していると分かるのは性質がそのように変化しているからです 性質こそが真理を表し、現実の情報です。> と先に説明があります。これは文字通りの等式ではないように思われます。というのは 例えば赤色に見える という性質を有する物質を考えます。それら物質の分子構造は一種ではなく(色彩学上)多様なモノです。性質が同じであっても 物質としては多様になる ということのように思われます。さらに 多様な分子構造をエネルギーで表せるとして エネルギーが同一であっても異なっていても成り立つように思われます。つまり 一つの性質に対応する物質は一つではないように思われます。一つの性質に対応する多様な物質をみつける発想につながっているようです。この発想は横展開(水平思考)の一つと思います。性質横展開の発想は世の中に役立つものが あるように思います。しかし 森羅万象を性質で語るには まず性質群 の整理が大変と思われます。 ここまで考えたときにUR氏の性質のロックの分類が示され 精神性質に強烈な反撃をされました。 <物質の性質とはロックによれば、以下のもの。 (1)第一性質・・・・・物に客観的に属するもので、延長・形・固さ・重さ・運動・静止と言われるもの。 (2)第二性質・・・・感覚によって知られる主観的なもので、色・味・匂い・音・肌触りなどの五官で受容されるもの。 あなたの言うところでは、心・精神と物質の性質は同じもの、同質なものと言いますが、心・精神は延長・形・固さ・重さ、などの第一性質を持ちますか? そして色・味・匂い・音・肌触りなどの第二性質を持ちますか? 私は到底心・精神と物質の性質は同じもの、同質なものには思えません。 そしてあなたは続けて「脳という物質や脳波・神経などの電気信号等の現象の性質面が精神なのです」と言いますが、脳も、脳波・神経などの電気信号の現象はあくまで物理的現象です。 ところがあなたは「その現象の性質面」という言い方をされていますが、「現象の性質面」って、いったいどういう意味でしょうか? 現象はあくまで物理現象のこと、その性質と言っても同じ物理現象の側面でしかない。 その現象の性質面が、どうして精神なのですか?> ここでUR氏は物理現象は性質ではないと断定されています。しかし (1)第一性質の運動、静止は明らかに物理現象であり、重さも万有引力の一表現であり物理現象と理解できないことはないと思います。固さ、形にしても物質の分子構造に起因することも考えられ物理現象といえなくもない。延長の意味がよく分かりませんが 紐状のものを考えればこれは形の一種としてもいいと思います。要するに(1)は物理現象の種類と考えてもいいように思います。そこで 脳も、脳波・神経などの電気信号の現象はあくまで物理的現象です。が それを現象の性質と捉えて 意味が付加されていくか どうかです。電気信号は 同じく機能半導体集積回路のなかでは PCを構成している大きな要素なのです。今は半導体ですが細胞PCも考えられるのです。すると逆に脳内の機能ダウンに対して半導体が置き換わることも考えられ 実際 一部の脳では実験が進んでいるようです。言いたいことは ここでも 性質から横展開が大いに期待できそうだ ということです。 最大の問題は 精神のような概念思考が電気信号で説明できるか ということでしょう。PCに置き換えてみると 低次のソフトウェハー(プログラム)で高度な新規プログラムが自動的に 創られるか という問題のように思います。しかし、将棋ソフトを考えてほしい。10年前は 玩具のようなソフトがいまでは プロ将棋士に勝てるようになったのです。あるいは 機械設計などに大いに取り入れられている自動設計プログラムがあります。 脳内の電気記憶部位が分かったとしても その組み合わせは 天文学的数字であって高度概念思考を説明するには 今はまだハードルが高すぎるのでしょうが 脳内電気信号を用いた説明の可能性は否定できないとおもいます。 以上。

yuniko99
質問者

お礼

すみません 遅くなりました。慌てて書くとまた誤解を生みそうですが まず第一に 他所でも書きましたが「性質」という言葉の問題があるということです 脳内物質とニューロンの中を伝わる電気信号その他の脳内の物質や電磁波に精神を構成するものが在るという事はおそらくそうであろうと思います。 もちろん全身の神経(視神経を通して外界からくる刺激など五感から来る刺激も含めて)も大いに影響します。 兎に角それらの信号や物質の反応等によって精神が実現しているであろうことは間違いないと思うのです。 その精神を実現している質は何か と考える時 その質をX(エックス)と呼んでも良いわけです。 しかしそれでは何だかさっぱり分かりません イメージが湧かないし 言葉の歴史は0です そこで私が最初に思ったのは「性質」だろうと言う事です。 性質は質でもありますし 真理にも従ってますし 全ての違いを表す事が出来る 全てを説明できる言葉だと思ったのです。 そこで私は意気揚々と「性質」という言葉の意味を辞書やネットでググって調べました ところがどうでしょう? 私の語感としての「性質」は余りにも軽い扱いを受けていました 何だか物事を区別する特色、固有のあり方 物事を区別できるもの と言うあまりに矮小な扱いでした。 その説明も短く これは研究されてないなと 私は思ったのです。 科学は性質という言葉を研究したでしょうか?文学の域でしょうか? いやこれは哲学の仕事だと思ったのです。 私には他に良い言葉が思いつきませんでした それで「性質」という言葉に意味を持たせました。それが精神を実現する質を表しているのです。 私は「存在性」という言葉を先に作っていました。その働きが正にその様なものでもあったのです。 ちょっと部分的にしか答えられませんが 僕の定義を書くならば 「存在とは(個性ある)性質を持ったエネルギー・物質」      「存在性とは そのものが存在するために必要な、或いは有効な性質」    仮説 物質=エネルギー+性質       電磁波等の波動=エネルギー+性質       存在∋物質=(個性ある)性質+エネルギー    ここで物質はエネルギーで出来てると書くと 科学を専門とする方から怒られることもあります    エネルギーの最小単位は素粒子であり 素粒子は物質であるから    物質はエネルギーではない!!と怒られることがあるのです    それで私は 存在=(個性ある)性質を持ったエネルギー・物質と書くのです。    遅くなりましたので今日はこの辺で送信します。まことにすみませんm(_ _)m

yuniko99
質問者

補足

脳内現象は神経ニューロンや伝達物質、脳漿、ホルモン、脳内モルヒネ、脳波・・・等 それらにはそれぞれ物質ならば第一性質、第二性質もあるでしょう。電気・脳波などにも性質があります。 また明日書きます。すみません。

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