丁寧/尊敬/謙譲語の混在は文法的に正しくない?

このQ&Aのポイント
  • 丁寧/尊敬/謙譲語の混在は文法的には正しくないのでしょうか?
  • 日本語において、丁寧/尊敬/謙譲語の混在は一般的に文法的な誤りとされますか?
  • 英語においては文語と口語の混在が比較的ルーズであるが、日本語では丁寧/尊敬/謙譲語の混在は文法的に正しくない?
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丁寧/尊敬/謙譲語の混在は文法的に正しくない?

当方英語を話し、現在友人に英語を教えているのですが、ライティングにおいて、文語と口語の混在を指摘したところ、「不自然かもしれなけれども、文法的には正しいんだよね?」と言われ、言葉に詰まってしまいました。英語は他民族語なので、正誤よりも自然/不自然を重視するのですが、日本語の場合はどうなのでしょう? 最終的には文法の定義次第となるのでしょうが、一般的に、丁寧/尊敬/謙譲語の混在した文章は、文法的誤りと判断されるのでしょうか? ちなみに英文ライティングの文語/口語の混在に対しては、高等教育においても、プロフェッショナル・ライティングでない限り、そして意味の誤解が生じ得ない限り、比較的ルーズです。

質問者が選んだベストアンサー

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noname#227653
noname#227653
回答No.3

謙譲語と尊敬語の混在というのはあり得ないはずですが。 謙譲語というのは基本的に自分が主語のときに使われる敬語表現です。例えば「私はチーズケーキをいただきます」「私は明日の午後3時にうかがいます」のように。 一方、尊敬語は基本的に相手や第三者が主語の時に使われる敬語表現です。例えば「あなたはチーズケーキを召し上がりますか」「山田さんは明日の午後3時にいらっしゃるそうです」のように。 主語によって謙譲語を使うか尊敬語を使うかは決まってしまうのですから混在のしようがありません。 もちろん主語が二つあればひとつの文の中に尊敬語と謙譲語の両方が存在するということはあります。例えば「私が申し上げたことについてあなたはどうお考えになりますか」のように。しかしこれは「混在」とは言わないでしょう。 また、丁寧語は語尾を「です」「ます」にするとか、「お」をつけるといったものなので尊敬語や謙譲語と一緒に使うことは当然可能です。 更に、敬語と口語・文語の区別はまったく別のものです。 日本語で「口語」というのは現在使われている表現のことです。それに対して「文語」は江戸時代までの書き言葉をさします。「つらしともおもひ聞こえしかどまたなつかしくあはれなるお心ばへほなどおもひ乱れたまひて」のように。 あなたがおっしゃっているのは「書き言葉」と「話し言葉」のことでしょうか。 英語のことはよく知りませんが日本語では書き言葉と話し言葉はかなり異なります。例えば「一度行ってみ駅前の新しいラーメン屋。超うまいよ」という話し言葉が書き言葉では「駅前の新しいラーメン屋に一度行ってみてほしい。非常においしい」となります。ここでの「み」「よ」「超」などは小学生の作文でも使えませんし、述語は文末に来なければなりません。 またドラマの中の会話で「犯人は2時頃バスに乗り、犯行現場に向かったということですね」などというセリフが出てくると「しゃべり言葉で『乗り』はねえだろ『乗って』だろ」と私などは思ってしまいます。もちろんこれも話し言葉で、少しでもまともな文章を書くときには「話し言葉で『だろ』はないだろう。『乗って』だろう」となります。 もちろん友人あてのメールやブログなどでは話し言葉がそのまま使われていますが、「これは話し言葉であって、書き言葉ではない」と一般的に考えられているような表現は、繰り返しになりますが小学生の作文でも認められません。 こんなところでよろしいでしょうか。

myownprvt
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。もともと日本語に詳しいつもりはなかったのですが、予想していた以上に無知でした。口語/話し言葉、文語/書き言葉などは言い換え可能で、さらに話し言葉をある意味丁寧に書き換えたものが書き言葉だと考えていました。また「私は夕食を召し上がった」というようなセンテンスを想定して質問させて頂いたのですが、これは英語で言えば無生物主語しかとらない動詞に人を持ってくるというような感覚、つまり自然/不自然の問題ではなく文法的に誤りなのだとわかりました。ありがとうございました。

その他の回答 (2)

回答No.2

同一対象者に対して尊敬の気持ちと謙譲の気持ちが交互にやってくることは大いにあること。混在は、一向に構わない。

  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.1

丁寧 尊敬 謙譲 混在します。混在するのが当たり前です。 話者にとって動詞の主体者が尊敬の対象であれば尊敬語になりますし 話者にとって動詞の主体者が謙譲の対象であれば謙譲語になります 現代語では、あまり敬語が「受験勉強」の対象にならないので、学習しない(あるいは、学習しなくても分かるものとして扱われる)のですが、古典においては敬語によってその動詞の主体者が明確になるので、文法上の破格になってしまうと、意味がわからなくなります。

myownprvt
質問者

補足

ご回答ありがとうございます。そしてすいません、言葉足らずでした。同一対象に対して、尊敬-謙譲語が混在した場合などについて質問させて頂きました。例えば、プロフェッショナル・ライティングを除く論文試験や、日本語ネイティブ対象の日本語試験対象のなどにおいて、著しい減点対象となるのかなぁ、と。

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