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裁判官の役割?

相撲の八百長裁判や菅谷さんの冤罪事件を見ていますと、裁判官は検察と弁護人の争いの行司の役割に過ぎないように思いました。 ただ勝った方に軍配を挙げるだけ(真実は無関係)のように思いました。 裁判官は正義の味方ですか?

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  • hare50
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回答No.1

正義とはなんでしょうか?(マイケル・サンデル教授) 裁判官は裁判で提出された証拠に基づき、法律判断(真実でないかもしれない)を下しているようです。 証拠がなければどんなに正しくとも負けてしまう、 又は証拠さえ相手よりも揃えられれば勝てる、 裁判とは勝った者が正義のようです。

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noname#194996
noname#194996
回答No.8

>裁判官は検察と弁護人の争いの行司の役割 行司というのはどちらが勝ったかを自主的に判断して勝ち負けを決める役割を担っているのですから、まさしく相撲における裁判官です。もっとも目付け役が近くに複数居て本当に彼の判断が正しいかどうかを厳しく監視していますから大変ですよ。 司法における裁判官は検察と弁護人との「勝負」をじーっと観察して、どちらが優位なのかを最後に判定します。いずれにせよ「真実」というものは誰にも分からないのです。それで、その判定の場で一番正しい判断を下してくれるだろうひとにそれを任せるしかないわけです。王制の小国では今も王様が裁判長であることが多いです。誰もが納得して「あのひとが判断したんだじからしょーないなー」と思わせるひとが裁判長になるわけです。だから日本でも裁判長は衣服などに工夫してカリスマぶって権威を示します。意味のないことではないのです。 >裁判官は正義の味方ですか? 法の正義と言う意味ではそのとおりです。疑わしいと思ったら、貴方も勉強して裁判官になってください。なるのは大変ですよ。

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回答No.7

>昭和天皇の心を持って  システムダイナミクスメリットに  成る様にすれば良いと思いますが  HITOKOROSIはまずいですよね・・

noname#134289
質問者

お礼

どうも

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  • usbus
  • ベストアンサー率22% (156/692)
回答No.6

>ただ勝った方に軍配を挙げるだけ(真実は無関係)のように思いました。 「勝った」という真実に基づいて軍配を挙げてるなら問題無いだろw 原告が「私が勝った」って言ってて 被告が「私が勝った」って言ってたら キミはどちらに勝ちを与える? どちらが真実かをどうやってキミは見分ける? キミが軍配を挙げたほうが本当は負けだったらどうする? 裁判官は正義の味方ではない。 「真実だと思われるほう」に勝ちを与える行司。 だがそれ以外に紛争を解決する方法は存在しない。

noname#134289
質問者

お礼

>キミが軍配を挙げたほうが本当は負けだったらどうする? 切腹します。 回答ご苦労様でした。

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回答No.5

裁判官は正義の味方とは限りません。 日本は三権分立ですから、正義を実現するためには、(1)国会議員が正義を実現できる法律・予算を可決する、(2)警察や役人や一般の国民が正義を実現する法律にしたがって行動する、(3)法律違反の疑いのある行為があれば、裁判で見極めるという三つのプロセスが独立して機能しないとなりません。 裁判官は上記(3)で、裁判所の中で開示された情報だけに基づいて判決を書く役割です。 裁判官は正義の味方であることもあるし、また悪の見方であることもありますが、法律に違反した判決を出した場合、裁判官罷免制度という国民投票で裁判官の職を追われることになります。

noname#134289
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。

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  • 469437
  • ベストアンサー率38% (185/483)
回答No.4

>裁判官は正義の味方ですか? 回答:違います。 理由は、そもそも法と正義とは、存在する次元が違うものだからです。 法とは、トラブルに際して、個人の権利や自由を守る為に定められているものであり、 正義を定め、その遵守を国民に要求する為のものではありません。 正義についてですが、 平時の社会は、その国固有の歴史と文化に基づく「常識」という不文律に基づいて動きます。 そして、多くの人が深く考えず安易に弄んでいる「正義」や「真実」とやらは、その人のアイデンティティの背景となっている「常識」から生まれたものです。 しかし、常識の背景となる文化が、必ずしも論理や理性に拠って生まれたものではない為に、常識=法とはならない場合もあります。 たとえば、「礼儀」は社会生活で重要ですが、それを無視しても犯罪者にはなりません。(少なくとも日本では) 更に、個人の「常識」も固体差がある為に、「正義」も人の数だけ存在します。 以上から、裁判官が「正義の味方」であることは、非常に危険なことであるとすら言えます。 >相撲の八百長裁判や菅谷さんの冤罪事件を見ていますと、裁判官は検察と弁護人の争いの行司の役割に過ぎないように思いました。 >ただ勝った方に軍配を挙げるだけ(真実は無関係)のように思いました。 質問者様の感想は正しいと思いますが、それに何か問題があるのでしょうか。 「法」が前述のようなものである以上、判決も「どちらの権利がより認められるか」という事の「判定」でしかありません。しかもその判決に裁判官個人の「正義」を加えることは許されていません。 極論すれば、裁判官の仕事は天秤の傾きを見極める事だけです。 また、質問者様の言っている「真実」とはどのようなものでしょうか。 質問文から、私が考えている、裁判で最も重要視される「事実」とは違うもののように思われますが。

noname#134289
質問者

お礼

>「真実」とはどのようなものでしょうか。 真実は真実です。一つしかありません。

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  • Shin1994
  • ベストアンサー率22% (551/2493)
回答No.3

裁判官の目的は、行司で良いのですよ。 検察側・弁護側の双方の言い分を聞いて、被告が罪を犯したか否かを判断するのが裁判官の仕事。そして有罪の場合は、法律に則って罰を言い渡す。裁判官とは、そういう仕事です。正義の見方とかじゃなくて、司法判断を下す者です。なので、常に中立を保つ必要があるので大変らしいですよ。

noname#134289
質問者

お礼

ありがとうございます。

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回答No.2

行司は行司ですよね。 正義の味方というよりは「公務員」「役人」の中でも 1番お役所的な性格が強いと思います。 個人個人は違うのかも知れませんが、権威主義で高飛車な、たちの悪いお役所です。 よく「法の番人」と言われますが「官僚機構の番人」の方が当たるかなと思います。 裁判について見れば、結論先にありきで、 それに合わせて判決文を書いているんだろうという裁判もかなりの数見受けられます。 本来中立の立場で判断してほしいのですが、 上級審に行けばいくほど、権力寄りの判決が多いような気がしてなりません。 死刑囚の再審無罪とか、菅谷さんの問題とか、痴漢えん罪まで、 お役所である警察や検察が間違うはずがないという先入観のもとで、 判決文が書かれている気がします。行政が訴えられた裁判もそうです。 中でも最高裁の判事は、内閣が任命しますからね。 時の権力を否定する人が任命されるはずもありません。 実は、最高裁の判事については国民が決めることができます。 衆議院の選挙と一緒に行われる「国民審査」ですが、 国民の興味が薄いうえに、分かりにくいですから、 これまで1人として、これで罷免になった裁判官はいません。 お役所として国民に縁遠い状態を解消しようと始まったのが裁判員裁判ですが、 むしろ国民感覚とのズレを露呈しているような気がします。 もちろん裁判所だけの責任ではなく、 そうした裁判所のあり方に無関心な、国民の問題でもあるんですけどね。 「国民審査」で罷免になる裁判官がちょくちょく出るようにでもならないと、 あのお役所はダメになっていくばかりだと思います。

noname#134289
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。

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