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正岡子規の短歌について

mocharieの回答

  • mocharie
  • ベストアンサー率28% (50/173)
回答No.6

「雷が遠くでかすかに鳴ったら、カボチャが臍を取られまいと必死に葉に隠れているよ」 と皆さん同様にとらえましたが、短歌に疎いので自信ありません。 これはそれまでは庭にあるただのカボチャでしかなかったのが 雷が鳴ったことによって、あたかも子供のように雷を恐れる様に 見えたのがおもしろいということなのではないでしょうか。 雷がなった瞬間に、カボチャが歌になったのでは。 “わずかに”という言葉が特にポイントになっていると思います。 自分の子供が、あるいは自分が子供のころ雷が鳴ると 恐くてたまらなかった、という経験が下敷きになっていて 大人になって雷を何とも思わないのだけど、 そのことが寂しくもありまた懐かしくもあって 今は感じることのできない感情をカボチャによって 追体験しているところがあるのではないでしょうか。 雷が遠くでかすかに鳴っただけなんだけど、その瞬間に自らの原体験が 呼び起こされ、それがカボチャに投じられいるのではないでしょうか? なので雷ががんがん鳴っていてそれを恐れている、という状態でなく 雷がなった瞬間が大事なのではないでしょうか。 ragnさんはどのようにお考えですか? また、文学全集などではどのように解釈されているのでしょうか。

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