死刑の妥当性について
- ヨーロッパの多くの国ではすでに死刑は廃止されています。賛否両論がある中で、死刑賛成派の矛盾について考えてみましょう。
- 死刑に関しては、一部の地域では手足の切断や視力剥奪などの刑もありました。これらの刑が野蛮とされるならば、死刑も同様に野蛮と言えるのではないでしょうか。
- 人命や人権の観点から見ると、死刑の執行は矛盾を含んでいると言えます。しかし、死刑賛成派の人々はどのようにこの矛盾を説明するのでしょうか。
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死刑は妥当か
ヨーロッパの多くの国ではすでに死刑は廃止されています。 死刑については賛否両論があり、賛成派の人の考えも理解できるんですが、疑問があります。 これは日本でも一部あったと思いますが、外国の多くの地域では死刑より軽い刑として、手足を切断したり視力を剥奪する刑もありました。 しかし、これは野蛮だということでアフリカや中東などの一部の地域でしか今では行われていないと思います。でも、それらの刑が野蛮なら 死刑はもっと野蛮だという考えも出来ます。ちょっと話が逸れるかもしれませんが、医療のお現場では 例えばある人が難病にかかってしまい、命が助かる為には両手と両足の切断は免れないとします。そういう場合、いくら患者がダルマになるくらいなら死んだ方がマシと言っても、医師は患者の命を助ける方を選びます。ある意味安楽死させるより残酷だとも言えるでしょう。 そこで質問ですが、人命とか人権の見地からも死刑の執行は矛盾を含んでいますが、死刑賛成派の人から見て、この矛盾はどう説明しますか? 尚、どんなに凶悪な犯人でも死刑にならないのはおかしいとかいう回答はお控え願います。
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手足を切断したり視力を剥奪する刑罰が日本にあったかどうかはわかりませんし、 さらに、それが「野蛮だ」という理由で廃止されたという根拠が明示されていませんし、 その根拠が明示されない以上、矛盾だとする根拠もないわけですが、 一般論として考えてみます。 おっしゃっていることは、社会的コスト論として考えるべきだと私は思います。 通常、手足がなかったり、視力がないのであれば、 障害者として認定され、何らかの生活補助が発生しますよね。 障害者が通常の生活を営もうとすると、社会が支援しなければならないわけです。 この社会的支援は、社会全体が負担しなければならないコストです。 障害者が生きていくには、社会がコストを負担しなければならないのです。 手足切断や視力剥奪は、犯罪者を障害者にする刑罰です。 障害を持った状態で、社会が一切の支援を行わないとすれば、 その障害者(犯罪者)は、苦痛や苦労を味わった末、緩慢な死を迎えると思います。 たとえば、障害者にさせられた犯罪者を誰も雇用するわけありません。 アルミ缶を集めることもできません。 ホームレスになって、のたれ死ぬしか方法がないと思います。 刑罰として障害者にしたまま刑務所に収監すれば、 刑務所収監維持のコストがかかります。 のたれ死ぬしかないことと、首をつって殺すのと、 どちらが残酷か野蛮かと言えば、 これはどちらが残酷だ、あるいは野蛮だ、 と言い切れるものではないでしょう。 じゃあ社会全体が、刑務所に収監するとか、生活のサポートをするとか、 のたれ死ぬことのないようにコスト負担すべきかというと、 社会としてそういうコストを増やすことは得策とは思えません。 人道的かどうかはおいといて、 そんなコストのかかる刑罰を用意するのはあまり意味がないのです。
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- ok2007
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> 人命とか人権の見地からも死刑の執行は矛盾を含んでいます 死刑は国家が人を殺すという側面を有していますから、これを矛盾と捉えれば、お書きの考え方は成り立ちうるといえます。 これに対しては、そもそも矛盾ではないという反論と、矛盾してはいるがなお許されるという反論とが成り立ちえます。(様々な議論が出ているので、詳しくは書籍等をご覧いただければと思います。) 例えば(あくまでも一例)、憲法13条では、生命に対する国民の権利につき「公共の福祉に反しない限り」最大限に尊重されるとされていますから、公共の福祉に反するといえるほどの罪を犯した者に対しては自己の生命についての権利が認められず、国民の生命に対する国家の刑罰権が及ぶ、と考えれば、そもそも矛盾ではない、となりましょう。 また、日本ではあだ討ちがかつて認められていたところ、明治憲法により刑罰権が国民の手から全面的に国家に委ねられた結果、あだ討ちについても国家がおこなうことになり、日本国憲法はこれを受け継いでいる、と考えれば、矛盾があってもなお許される、となりましょう。 もちろん、これらに対して再反論も可能です。結局のところ、法の趣旨やその背景をいかように捉えるのか、の問題であり、個々人の価値観に依存するものですから、答えの無い議論です。 なお、 > ちょっと話が逸れるかもしれませんが 以下の部分は、治療行為の話であって、刑罰とは異なります。「手足を切断したり視力を剥奪する刑」を野蛮だとする議論は、刑罰としての妥当性の是非を述べたものですから、これと治療行為とを同列に述べてもあまり意味を持たず、却って説得力を欠いてしまいます。
お礼
初めての真っ当な回答ですね。ありがとうございます。 ただ、私が言いたかったのは、人をかたわにするんだったら、いっそのこと殺してしまえ みたいに感じたものですから。
死刑制度に関しては確かに賛否両論あります でも、日本は何でもかんでも死刑判決を出している訳ではありません どんな、極悪犯罪でも情状酌量の余地があるか無いかを 必ず法廷で議論します、情状酌量の余地がある場合は必ず死刑判決は 出ません 私が思うに死刑になりたく無いのなら極悪犯罪をしなければ良いだけす 逆に言うと何の罪も無い人を殺すのは、自己判断、自己の欲求による 死刑、処刑を行なったのと同じではないでしょうか ましてや、今回のように生後11ヶ月の子供に何の罪があるのですか 何も無いでしょう 人の人権や人命を一方的に破壊した人間になぜ人権を与える必要が あるのか私は知りたい 殺された方が悪いのですか、もう死んだからどうでもいいのですか もう、人権は無いのですか 人の人権、人命を償うには、同等の人命で償う事がおかしい事ですか 賛否両論ありますが下記サイトには 色んな人の意見が入ってます 参考にして下さい http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/sikei.htm
- awjhxe
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⇔、医師は患者の命を助ける方を選びます。 ⇔ある意味安楽死させるより残酷だとも言えるでしょう。 善悪 死刑の意味 を 全く はき違えた貴方勝手な考えです。 助かる為に 医者が行う行為は 患者を助けるためであるから 残酷というのは 患者でないあんたの勝手な解釈で 人間社会の善悪を理解できない偽善者だろう。
補足
つまり、自分が糖尿病で医師から宣告されて、その患者が医師に「失明したら生きる意味がない、いっそのこと安楽死させて。」と医師に懇願しても医師は命を助けるということ。偽善者はあなたの方です。
- Vaga-_-
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死刑に賛成とか反対とか矛盾どうこうってよりも、もし自分の子供が殺されたら僕は自らの手で犯人を殺します。 それが犯罪になってしまうのなら司法の手を借りて殺します。 いや、犯罪になっても自分でしてしまうかも知れません。 >人命とか人権の見地からも死刑の執行は矛盾を含んでいますが 死刑に反対の人から見れば矛盾だらけだと思います。 >ヨーロッパの多くの国ではすでに死刑は廃止されています ヨーロッパはヨーロッパ、何もヨーロッパが正しいとは限りません。 日本人がヨーロッパの人みたいに考え方が成熟してれば理解出来ますが到底日本人には無理でしょう。 僕も日本人ですが(笑 死刑の是非云々ではなくもっと違う観点から考えるべきだと思いますね。 野蛮という言葉が出てたんで… 関係ない話だとは思いますが光市の事件の弁護団、中でも安田、こいつ程野蛮な人間はそうはいないと思います。 あいつのした事で被害者が自殺でもしてしまったらあいつが死刑にしたも同然です。 あいつは死刑廃止を論じる前に人間としての矯正が必要だと思いますね。
- myeyesonly
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こんにちは。 >人命とか人権の見地からも死刑の執行は矛盾を含んでいますが、・・・ これの意味がよく判りません。 死刑の執行が人命や人権の見地から問題があるのに、刑罰ではなく、普通の人(犯人の事)が人を殺す事は何も問題がないのですか? 全ての物事には原因があり、そうなった要因があり・・・して起きます。 それらを一切無視して、「死刑執行」という部分だけ切り出して論議するからおかしな事になるのではないでしょうか。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね、罪人を殺すのは死刑執行人ではなく、裁判官であることも認識しなければいけないですね。
- misaemasa
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被害者の権利はどうしてくれますか。 有無を言わさず殺された場合、権利も何もないですよ。 死刑廃止はまさに偽善者の理屈です。 その時点ですでに不平等ですね。取り返しの付かない犯罪を かわいそうとか、権利を主張する前に義務を知りなさい。 被害者は生きる権利があります。 手足のない人も生きる権利はあります。行きたくないとしても 自殺や幇助は楽にしてあげるからいい人ですか? そんな事してたら、この世はまともな人はいなくなってしまいます。 あなたも犠牲者になって犯人を助けるのですか? 愛する人も家族、恋人、子供に手をかけた犯人を死刑はかわいそうと 本気でおもいますか? この世は、断固とした決断を下すことも必要です。 更正とかなんて悠長なことを言っている場合ではありません。
お礼
折角ですが、質問でも書いたように見当はずれな回答をされています。 私は死刑が可哀そうだとかでこの質問を出したわけではありません。 それでは、死刑にするまでは至らないが重大な犯罪を犯した人に、無期懲役にするより、2度と犯罪も犯せないように手足切断や視力剝脱の刑を科すことをどうお考えですか?こっちの方が、刑務所不足の解消にもなりますが。
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