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神の存在

kurokitabibitoの回答

回答No.14

無神論者も有神論者も、実は同じ場所にいます。つまり、よくよく考えれば神の存在・不在は「決めようがない」のにもかからず、「居るか居ないかのどちらかである」と思ってしまっているところですね。 たとえば、「前世はあるか」と問われたとき、現世からは何もわかりようがありません。どんなに科学的に考証しても、「科学力の不足でわからないだけだ」と反論することは永遠に可能ですし、逆に、どれだけ前世の存在を示す証拠が出てきても、「その証拠は間違いではないか」と続けられます。 すなわち、一定のルール内という取り決めが特に存在しない場合、「正しい」とか「間違いだ」とかに意味がないのです。 「正しい」というのは、前に「~的に」と付けないと使えないものです。1+1=2は「数学的に」正しい。でも数学じゃないなら?たとえば泥団子2個を繋ぎ合わせて大きな泥団子「1個」にした場合は、「1+1=1」でしょう。この式を書くとき、「数学的じゃなくなった」わけですが、解釈として成り立っていないわけではありません。また、この解釈が数学的解釈より「劣る」とも言えません。 なぜ「1+1=1解釈」と「1+1=2解釈」が等価なのか。数学的解釈の方が「上」じゃないのか、と言いたくなるところですが、原理的に「ルール同士に優劣はない」のです。優劣というのは、一定の基準(つまりルール)にしたがって決められるものですから、ルールの優劣には「ルールのルール」が必要なことになり、そしてルールのルールの優劣を決めるにはルール・ルール・ルー…で以下は無限後退。つまり、ルールは最終的な根拠であって、これ以上に遡って根拠を求めるとは出来ません。これが「正しい」の限界です。 「神は存在する」という命題は正しいかどうか。これは使用するルールによって決まります。ある人は科学ルールを使って「間違いだ」と言い、ある人は宗教ルールを使って「正しい」と言うでしょう。どっちも一緒です。 ご質問は「神の存在を信じる人をどう考えればいいか」ですが、「神の存在が正しくなるルールを使ってるんだな」くらいでいいと思います。 ちなみに、私は科学ルール派です。汎用性、応用力、現象の説明能力などを吟味してこれにしました。究極的には好みで選んだだけです。

kaiga123
質問者

お礼

回答有り難うございます。納得しました。

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