解決済みの質問
かつて律令制の官庁に衛門府と言う警備担当の役所があり、これは右衛門府、左衛門府にわかれており、その役所に所属する役人がの官職名が衛門のなんとか(遠山の金さんが遠山左衛門尉というのが例です。江戸時代の金さんの場合は実際には左衛門府の役人ではなくたんなる名乗りですが。)といい、左右がありましたからただの衛門ではなく左衛門、右衛門というのが由緒ある名前ということになります。
その官職名の一部が室町時代や江戸時代の一般人の名前としても使われるようになりました。
このように官職名が人名として使われる礼には助、輔、介などもあり、これらはもともと律令制の官庁の次官の官職名でした。
投稿日時 - 2006-01-11 15:22:29
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ベストアンサー以外の回答(5件中 1~5件目)
昔の官制で「衛門府」というものがあり、王城の警備に当たっていました。
811年に衛門府が左右に分かれ、時代が下がるとこれを名前に使うようになります。
官位として公家が「従四位下左衛門督」などと名乗ることがありますが、武士の場合は正式なものではなく、この朝廷が与える官位とは別に自称することも多いようです。
過去レスにもありますから、参考までに。
参考URL:http://okwave.jp/kotaeru.php3?q=807425
投稿日時 - 2006-01-11 15:30:05
「伊右衛門」のネーミングは、サントリーが提携した老舗の茶葉メーカー「福寿園」の創業者である福井伊右衛門氏から取ったそうです。
参考までに。(↓)
http://netafull.net/archives/003672.html
http://okwave.jp/kotaeru.php3?q=807425
投稿日時 - 2006-01-11 15:29:05