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なぜ茶髪はダメ?

  • 暇なときにでも
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お礼率 18% (6/32)

「なぜ茶髪はダメ」と聞かれたらどう答えますか。
私自身はダメとは思っていないのです。ただ社会的に認知されていません。なので説明が難しいです。
私は茶髪は社会意識の中でまだ、異質なものとされ、それで、排除されているのではないかと思っています。スケープゴートと同じ原理です。異質なものを排除して秩序を守るということです。
しかし、「なぜちゃ髪はダメ」の答えにはなっていません。
どうぞ、いい考えをおしえてください。
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回答 (全32件)

  • 回答No.11
レベル11

ベストアンサー率 26% (69/258)

 あくまで私の個人的な考えですが、この問題は「人を外見で判断してはいけない」と教えてしまった為の矛盾です。  そして、人に迷惑をかけなければ何をしてもいいと思っている子が増えているために出てきている問題です。  社会に出れば「人はまず見かけで判断する」し、生徒も意識的かどうかは別にして外見での判断は行っており、それは当然のことです。  この、人の見極めは自己防衛本能のようなものであり、危機管理の ...続きを読む
 あくまで私の個人的な考えですが、この問題は「人を外見で判断してはいけない」と教えてしまった為の矛盾です。
 そして、人に迷惑をかけなければ何をしてもいいと思っている子が増えているために出てきている問題です。

 社会に出れば「人はまず見かけで判断する」し、生徒も意識的かどうかは別にして外見での判断は行っており、それは当然のことです。
 この、人の見極めは自己防衛本能のようなものであり、危機管理の一種でもあると思います。
 
 ちなみに私は身なりからの判断だけでなく顔も見ます。顔は生まれつきのものですが、その人の心は顔にずいぶん表れると思っています。

 話は脱線しましたが、自分が自由にする(茶髪にする)ということは、そのことで自分がどう見られようが構わないということです。
 自分の意に添わない評価をされることもあるのです。
 他の回答者の方が言われているように、茶髪が原因で悪い者に目をつけられたり、何かトラブルに巻き込まれることもあるでしょう。
 「そんなのは実際になってみなければわからない」という考えは正してやるべきです。危険性があるのなら近寄らない。基本と思います。

 生徒は「俺はそれでいいから染めたい」と言うと思いますが、それは学校という学びの場では主張することのできない自由です。
 ルールというものの意味を教えてあげて下さい。
 他の人間がルールを守っていることによって、自分が守られているということです。
 交通ルールを考えてみればわかりやすいと思います。
 
 学校の校則はそれを破ったからといって誰かが傷つくというものではないかもしれません。しかし、それすら守れないで他のルールが守れるでしょうか。
 自分を律する訓練の意味で校則があるのではと今は思います。
 注意せずにそれを肯定してしまえば、その子は一生気がつきません。
 私も先生に注意された時は「ちくしょう」なんて思いましたが、今では良かったと思っています。

 言い方は悪いかも知れませんが「悪法もまた法なり」です。
 そして悪法に疑問があれば、それを適法に変えていくのがスジと思います。
  • 回答No.10
レベル9

ベストアンサー率 36% (17/46)

私も補足させてください。 deagleさんの回答を読んで思い出したんですけど、もうひとつ、納得した答え(先生からもらった)がありました。 それは、「校則だから!!」でした。 校則を守ります、と入学時に約束して、それで入学しているのだから、校則を守るのはあたりまえ。 それがいやなら、自分で運動を起こして校則を変えなさい。 と言われたんです。 > 「そういったことができる生徒」を出すことができ ...続きを読む
私も補足させてください。
deagleさんの回答を読んで思い出したんですけど、もうひとつ、納得した答え(先生からもらった)がありました。
それは、「校則だから!!」でした。
校則を守ります、と入学時に約束して、それで入学しているのだから、校則を守るのはあたりまえ。
それがいやなら、自分で運動を起こして校則を変えなさい。
と言われたんです。

> 「そういったことができる生徒」を出すことができれば、ラッキーといえるのではないでしょうか(笑)

そのとおりですよね。自分をしっかり持っていて、いい生徒と言うか、いい大人になる生徒だと思います。
私は、「どうせ校則を変えようとしても、自分はすぐに卒業してしまうし…」と、何もしませんでした。お恥ずかしいです…。
  • 回答No.9

 補足です。  なるほど、生徒さんに対する説明としては、生物学的なヒューマンエラー(と某番組で称していたようですが、ここでは「習慣的混乱」と呼ぶのが正しいでしょう)のことを押し付けるのは適切ではないですね。納得しました(笑)  俺が小学5年生のときは、「上が古い人だからしょうがないんだよ。君らは大人になっても子供の自由を奪うようなことはしないで欲しい」と言われて非常に納得したものですが、今思う ...続きを読む
 補足です。

 なるほど、生徒さんに対する説明としては、生物学的なヒューマンエラー(と某番組で称していたようですが、ここでは「習慣的混乱」と呼ぶのが正しいでしょう)のことを押し付けるのは適切ではないですね。納得しました(笑)

 俺が小学5年生のときは、「上が古い人だからしょうがないんだよ。君らは大人になっても子供の自由を奪うようなことはしないで欲しい」と言われて非常に納得したものですが、今思うと、俺って単純だったんだなぁ(笑)

 事実をズバッと言い聞かせる説明の仕方をするときは、「茶髪禁止は、昔の風習に合わせたルールだから」という言い方が適切ではないかと思います。
 その昔、戦後からしばらくは、「絶対主義」といって、「国民が皆心を1つにしてがんばらなければならない」という風潮が残っていました。そうでなければ立ち直れないですからね。
 また、明治維新以降、日本は数々の戦争に見舞われ、そういった「絶対主義」でなければやっていけない時代を幾回か通っています。
 そのためには「はみ出し者」を出来るだけ少なくしなければいけなかったんです。
 それがゆえに、当時の先生達は「みんなで心を一つにするにはまず見た目から」として、坊主の強制などを行ったわけです。

 ですから、「どうしても茶髪にしたいのであれば、『その校則がすでに現代の状況には合わず、むしろ弊害となっている。しかもそう思う生徒が大勢いる』ということを自ら証明しなければならない。その証明ができれば茶髪はOKになるし、できなければならない」と言えばいいわけです。
 もっとも、こういう言い方は「社会の縮図的」で好きではないですけどね。

 これで納得しない人にはまた別の言い方を考えなければいけませんが、納得させることができれば、もしかしたらその生徒さんは署名運動なりを始めるかもしれません。
 「そういったことができる生徒」を出すことができれば、ラッキーといえるのではないでしょうか(笑)
  • 回答No.12

No.5で書きこみをしたものです。先程は勘違いで失礼なことを書いてしまってスミマセン(ハズカシー)。suyasuyaさんは学校の先生なのでしょうか?だとしたら、逆にひとつ質問なんですが、あなたの学校で「茶髪はダメ」ときめてるのは校則?学校長の方針?それとももっと上層部の行政の教育委員会や文部省方針でも有るのでしょうか?いずれにせよ誰か決めた人(または管理している人)がいるはずですよね。その人に聴いてみる訳 ...続きを読む
No.5で書きこみをしたものです。先程は勘違いで失礼なことを書いてしまってスミマセン(ハズカシー)。suyasuyaさんは学校の先生なのでしょうか?だとしたら、逆にひとつ質問なんですが、あなたの学校で「茶髪はダメ」ときめてるのは校則?学校長の方針?それとももっと上層部の行政の教育委員会や文部省方針でも有るのでしょうか?いずれにせよ誰か決めた人(または管理している人)がいるはずですよね。その人に聴いてみる訳にはいかないんでしょうか?その意見が納得できるものであれば正直に生徒に話してみるのもひとつの方法だと思います。
  • 回答No.13

学校と社会では話が違ってきます。あなたは学校での話を想定しているのですね。 なぜなら社会では「茶髪」だろうが「入れ墨」だろうが何をしようと自由だからです。しかしこの自由にも制約があります。というのはやるのは個人の自由だが、それを受け入れてくれる環境(場所)とそうでない環境(場所)があるということは事実です。例えば私が今日茶髪にしたとします。その茶髪を非難することもやめさせる事も誰にもできません。しかし私 ...続きを読む
学校と社会では話が違ってきます。あなたは学校での話を想定しているのですね。
なぜなら社会では「茶髪」だろうが「入れ墨」だろうが何をしようと自由だからです。しかしこの自由にも制約があります。というのはやるのは個人の自由だが、それを受け入れてくれる環境(場所)とそうでない環境(場所)があるということは事実です。例えば私が今日茶髪にしたとします。その茶髪を非難することもやめさせる事も誰にもできません。しかし私は明日出社すると同時に職を失うでしょう。
もちろん茶髪でもいい職にはありつけるかもしれません。でもそういう職がいいか悪いかは別にして、そういう仕事とは銀行マンでも、役人でも、警察官や裁判官でもないでしょう。いわるゆる堅い仕事といわれている社会的信用のある職業ではないはずです。私はそういう仕事に就いていたいから、それを失うのがいやだから茶髪にしません。環境に受け入れてもらうため自分の自由を犠牲にして集団に属しています。
でもどうするかは個人の自由なんです。ただそれを受け入れてくれる環境があるかないかの違いだけで・・・。

さて話が長くなりましたが、学校の話にもどります。学校では生徒全員が学校に受け入れられているわけです。受け入れられている以上そこにはそれなりのルールや暗黙の了解的規則があります。(たとえそれが明言化されていなくても)ですから受け入れられている以上そこは何でも自由(フリー)ではありません。もし自由をとおしたいなら学校という枠から外れればいいだけの話です。つまり学校とういう組織に属している以上限られた自由しか認められていないのは当然の事だと思います。制服だってあるし、朝は何時までに学校に来るだとか、いろいろな決まりごとがありますよね。「そんなの俺の勝手だ」じゃ集団がなりたたないでしょう。
ここが学校と社会の違いです。社会はそれを受け入れてくれる社会もあれば、そうでない社会もあります。でも学校は受け入れてくれる学校なんてないでしょう。枠は一つだけです。
人間はあくまでも自由ですが、それを受け入れる集団とそうでない集団があるのです。その集団に属したければそこでも規則を守るべきでしょう。これが答えです。
  • 回答No.15
レベル10

ベストアンサー率 19% (56/291)

私はこの質問を見て今も昔も変わらないのかなと思いました。私の時代は食堂禁止、映画館(別に18才未満の映画ではなく学校の許可が必要)は父兄同伴でなければ禁止、不純異性交際(単に女性徒と外泊しただけ)は退学、当然頭は丸刈り、喫茶店等は先生の監視下に入り要注意学生。しかし先生の見えないところで女性徒はスカ-トの襞の数を変えたり男性徒はせめて靴下(白を赤)か、学帽(被る義務あり)に趣向を凝らすぐらいが楽しみで結構 ...続きを読む
私はこの質問を見て今も昔も変わらないのかなと思いました。私の時代は食堂禁止、映画館(別に18才未満の映画ではなく学校の許可が必要)は父兄同伴でなければ禁止、不純異性交際(単に女性徒と外泊しただけ)は退学、当然頭は丸刈り、喫茶店等は先生の監視下に入り要注意学生。しかし先生の見えないところで女性徒はスカ-トの襞の数を変えたり男性徒はせめて靴下(白を赤)か、学帽(被る義務あり)に趣向を凝らすぐらいが楽しみで結構楽しんでいました。社会人になれば背広のズボンはストレ-トは禁止で折り返しのズボン。今の時代は個性の時代だと言いながら全て同じでならなければいけない時代なのかな。私も息子が学生の時に言っていたのは髪は清潔に、髪を染めても手入れが悪い為に半分茶髪で半分黒は駄目(私も若いときはアイパ-をかけていましたが御金が続かず止めました)。前置きが長くなりましたが茶色、紫、何でも良いのではないでしょうか。本人が駄目だと思えば止めると思います。そんなことまで後生大事にいちいち言うほうがおかしいと思います。但し私は映画が好きで先生(日曜日に先生が映画館に監視に来ます)の目を逃れて色々な名画を見ましたよ。
  • 回答No.14
レベル11

ベストアンサー率 29% (97/333)

子供たちに言い聞かせるとなると、親や大人たちの視点からの話では反感を呼ぶこととなるでしょう。子供の立場に立って、ではいったい何が問題なのか、を理解させないと難しいですよね。 1.染色・脱色剤の毒性について 茶髪にする薬剤の毒性が指摘されています。皮膚を通して発ガン性物質が体内に蓄積されることが可能性として上げられていますがいまのところはっきりとは研究結果が出ていないもようです。学校としては子供の健 ...続きを読む
子供たちに言い聞かせるとなると、親や大人たちの視点からの話では反感を呼ぶこととなるでしょう。子供の立場に立って、ではいったい何が問題なのか、を理解させないと難しいですよね。

1.染色・脱色剤の毒性について
茶髪にする薬剤の毒性が指摘されています。皮膚を通して発ガン性物質が体内に蓄積されることが可能性として上げられていますがいまのところはっきりとは研究結果が出ていないもようです。学校としては子供の健康を害する可能性のあるものを見過ごしには出来ません。

2.自由=責任
「○○の自由」なんて言葉が氾濫していますが、これは自分に責任が取れる人間がすることです。もしそれをするに当たって自分でトラブル処理が出来る、社会的に責任が取れるならいいが、まだ未成年の子供です。例えば、「Aさんが茶髪にしてBさんにその染色剤を薦めて、Bさんがそれで茶髪にしたところ薬剤が合わず髪の毛がハゲてしまった。」場合。Bさんは自分でしたことですが、薦めたAさんの責任にしたいでしょう。AさんはBさんが自分で決めてやったことだからとBさんの責任にしたい。Bさんの親はそもそもそんなことを許している学校や薬剤の会社の責任にしたい。一つのトラブルでこのように責任を求められた場合対処できないのであればそれを最初から許可したり推奨したりするのは無責任と言うものです。大人ならまだしも子供にはまだその判断能力が完全に備わってはいないし、未成年であるがゆえに責任能力が少ない。そういう自分たちの立場をよく理解すべきです。

3.前の回答にも書きましたが、学校は我慢を勉強する場でもあります。学校でしっかり我慢を勉強しておかずに社会に出ると大変なことになります。学生は学校の校則などにおいて守られている部分がありますが、社会に出ると各機関において規則はあるもののそれを守る守らないは個人の自由です。しかし、先にも書いたとおり社会からはねだされてもそれは自分の責任なのです。社会には校則以上の大量の目に見えないルールが存在するのです。学校は勉強も大事ですが、卒業後スムーズに社会に出られるよう手助けをする場でもあると思います。校則は学校内をまとめるための大人の立場だけのルールではなく、愛の鞭でもあるのです。

4.前にかかれている方々がおっしゃる通り、犯罪や非行から生徒を守る、というのはとても理にかなった好感の持てる表現ですよね。

以上は建前ではなく、一人の人間の親として学校や先生方に望むことでもあります。
  • 回答No.8
レベル9

ベストアンサー率 36% (17/46)

これは私が先生に言われたことなのですが、 先生は生徒にトラブルに巻き込まれてほしくないんだそうです。 そして、社会的に見て(皆さんがおっしゃっているように)茶髪の高校生は、つっぱってる(古い言い回しですが…)とか、遊んでるとか見られがちですよね。 そうすると、援助交際に誘われる率が高くなったり、喧嘩好きな人にからまれる率が高くなったり、頭の固い人に言いがかりをつけられる率が高くなったり…するんじゃな ...続きを読む
これは私が先生に言われたことなのですが、
先生は生徒にトラブルに巻き込まれてほしくないんだそうです。
そして、社会的に見て(皆さんがおっしゃっているように)茶髪の高校生は、つっぱってる(古い言い回しですが…)とか、遊んでるとか見られがちですよね。
そうすると、援助交際に誘われる率が高くなったり、喧嘩好きな人にからまれる率が高くなったり、頭の固い人に言いがかりをつけられる率が高くなったり…するんじゃないかと(私も)思います。
そうなってほしくないから、茶髪は禁止なんだ! っていわれて…。
私は、先生って生徒のことを考えてくれてるんだ、と思ってちょっと感動したのでした。
その先生がおっしゃってくださったようにうまく表現できてないですけど…。
もし参考になれば嬉しいです。
  • 回答No.7

お礼を有り難うございます。 生徒に納得させる、という意味ではかなり詭弁的な方法が必要なのかもしれません。 年齢の如何を問わず、個性は尊重するべきとする風潮があり、権利を認める傾向にあります。制服の是非等は象徴的な議論だと思います。公共のマナーに関しても礼儀の存在価値が危うくなり、「迷惑をかけない範囲であれば許される」という境界線を考える人が増えてきています。公序良俗の社会から権利主張の社会への移行段階 ...続きを読む
お礼を有り難うございます。
生徒に納得させる、という意味ではかなり詭弁的な方法が必要なのかもしれません。
年齢の如何を問わず、個性は尊重するべきとする風潮があり、権利を認める傾向にあります。制服の是非等は象徴的な議論だと思います。公共のマナーに関しても礼儀の存在価値が危うくなり、「迷惑をかけない範囲であれば許される」という境界線を考える人が増えてきています。公序良俗の社会から権利主張の社会への移行段階にあるのかもしれません。これから社会に出ていく人に「没個性」を求める態度が正しいのかどうか、意見の別れるところであると思います。

そんな状況で「茶髪がダメ」と決めつけて納得させる為には、理由が明確でないルールというものの存在価値を認めてもらわなければなりません。社会で通用しないから、などというのは明らかな誤りであり、若い個性集団が旧体制を淘汰する可能性も否定できません。
説得には強引さが必要、と考える所以です。

会社、サークル、団体、など、社会にはそれぞれの独自のルールがあり、どこにおいても個人の権利が最大限に認められるわけではない、任意に所属する社会では、その都合で制限される権利もある、という事を具体的な例示を持って説明する事が有効だと思います。

たとえば、ある運動部では新入部員は丸坊主にする、というルールがある。これは個人の権利を侵している。ある会社では制服の着用を義務付けられる。仕事ができていればよいとはされない。あるサークルではマイカーにステッカーを貼る事を強要される。美観を損ねるから嫌だといっても認めてくれない。
このように、社会を律するルールというのは個人それぞれの価値判断とは無縁の所にあって、その社会に身を置く為の資格といった性格がある。社会の側の都合であって、その社会に身を置こうとするのであれば受け入れるべきルールである。個人の権利を最大限に主張したいのであれば、それを容認する社会を探すほかない。
この学校という社会は「茶髪は好ましくない」と判断しており、それが全体の利益にあたると判断している為にルールとしている。判断が正しいかどうかの意見を持つのは自由であるが、この社会の一員であろうとするならば、自己の判断とは別の問題としてルールに従う義務がある。今後属するであろう会社や地域社会においても同様の問題は必ずあるので、そういう意味でもルールに従う勉強、訓練を体験して欲しい。

というのはどうでしょうか。
  • 回答No.2
レベル14

ベストアンサー率 24% (612/2465)

日本は学校教育をはじめ、全員が平均的になるように教育します。飛びぬけた天才や飛びぬけた落ちこぼれを嫌うのです。 当然それは、服装や頭髪にも影響され、人と違うことをすることも禁じます。 社会の場で、「認知されないもしくは相手に対して失礼だ」というのは平均的でないといけないという思想に基づいています。 昔、パーマをあてることを禁止している学校でも、癖毛をストレートパーマでまっすぐにすることは許容され ...続きを読む
日本は学校教育をはじめ、全員が平均的になるように教育します。飛びぬけた天才や飛びぬけた落ちこぼれを嫌うのです。
当然それは、服装や頭髪にも影響され、人と違うことをすることも禁じます。
社会の場で、「認知されないもしくは相手に対して失礼だ」というのは平均的でないといけないという思想に基づいています。

昔、パーマをあてることを禁止している学校でも、癖毛をストレートパーマでまっすぐにすることは許容されました。
これは、標準的なものになるのはOKだけど、標準的なものからそれるのはNGという典型的なものでしょう。

だから、「茶髪」が駄目ではなく、標準的なものからそれることが駄目なのです。
お礼コメント
suyasuya

お礼率 18% (6/32)

染める行為よりも人と違うことがダメなんですね!なるほど!具体的に見るとそのとおりだと思います。ありがとうございます。
投稿日時 - 2001-06-20 14:15:40
32件中 1~10件目を表示
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