• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:あなた方の住むこの世界は既に無に等しい)

あなた方の住むこの世界は既に無に等しい

noname#176106の回答

noname#176106
noname#176106
回答No.4

質問への回答・・・・・・アルケーさんが贈る言葉はそのような言葉ではないと思います。 何も考えていないし何も送っていないでしょう。(人間視点の考えだと) あえて書くのなら、 「今日もみんなまぶしいね~☆」 かと思われます。アルケーさんもまたまぶしい 「~・・・・。どうしましょう!!!?」こう聞くと、 皆様神様こう言います。 「お前はどうしたいのだ?お前のしたいようにしたらいい」 言葉自体は違いますが。こう申されます。 「幸せになりたいです。どうしたら幸せになれるでしょうか?」 「だからお前はどうしたいのだ?そこをはっきりせい!!」 自然の神様は自然なので、ぶっちゃけ何も考えていません(こう書くとどこかから怒られますが)。 ただ愛としての存在。存在に考え等はないです。 循環法則。 私たちは常にその法則を受け続けている。 宇宙の神様から見たらそのように見えるでしょうね。感じるかどうかは別として。 やほほーい、と聞いてみましょう。星の輝きがまぶしいです。

hitonomichi26
質問者

お礼

こんにちは。 >ただ愛としての存在。存在に考え等はないです。 >循環法則。 >私たちは常にその法則を受け続けている。 つまり、      宇宙=愛の存在   宇宙の法則=循環法則 と捉えるのですね。 不思議な雰囲気を感じます。 宇宙にそのよーな側面があるのか否か、アルケーの神なら知っているはずであるが私は知らない。 これを宇宙の法則に取り入れるべきか考えてみます。  

関連するQ&A

  • 「色即是空、空即是色」 この世の全ては無であり空な

    お坊さんの話 「「色即是空、空即是色」 この世の全ては無であり空なのです。 だからあなた方がいま持っているそのお金もまた無なのです、空なのです。 そんな無なるもの、空なるものを大事に大事にもっていても意味はないのです。 心が乱れるだけなのです。 心が乱れて不幸になるだけなのです。 すべて私によこしなさい。」 「色即是空、空即是色」 実はこれが狙いなのではございませんか?

  • 無と空

      この世は無なのかと訊けば、いや無ではなく空であると言い、 この世は空なのかと訊けば、いや空ではなく無であると言う。 結局のところ、無と空の違いさえ定かでないのである。 色即是空、空即是色などとゆーても所詮はこの程度の有様、何のことだか本人も分っておらんのである。 無と空の違いさえ知らず座禅を組んでおるのである。 哀れとしか言いよーがないな。   

  • 般若心経 の色即是空、空即是色を唱えた人は誰ですか

    般若心経 の色即是空、空即是色を唱えた人は誰ですか? 般若心経を書いたのは誰ですか? 色即是空、空即是色の意味はどう捉えていますか?

  • わたしはあなたがたの側にいます

      万物の根源、宇宙の法則、アルケーの神はここにいるあなたがた皆に申しております。 「 わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたの側にいます。 また、あなたがたが呼ぶとき、わたしは答え、あなたがたが叫ぶとき、『わたしはここにいる』と応えます。 わたしは万物の根源、宇宙の法則であり、あなたがたの神である。 わたしはあなたがたの神であり、唯一絶対であり、わたしを除いて他に神はいないことを知りなさい。 わたしは永遠にあなたがたと接しています。すなわち正義と、公平と、いつくしみと、あわれみをもってあなたがたと接しています。 わたしはあなたがたと共にいて、あなたがたがどこへ行くにもあなたがたを守り、あなたがたをこの地上に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたがたを捨てず、あなたがたに語った事を行うであろう。 」 全知全能の神アルケーが地上に住むあなた方に送る言葉とはこのようなものではなかろうか。  

  • 宇宙の彼方からは見た地球はあまりに小さかった

      宇宙の彼方からはやぶさが地球の姿を捉えていた。 それはあまりに小さな世界、ただの砂粒一つに過ぎなかった。 我々人間が生きている世界とはこの小さな点の中に過ぎなかったのである。 この小さな点の中で人間は喜んだり、悲しんだり、争ったりしている訳である。 色即是空空即絶式、この世の全ては無であり空であるとは正にこのことなのであろうか。  

  • 般若心経の意味

    なんですけど、 解説書もいろいろあり、どうやら誇大解釈が多すぎるような気がしました 誰かが解釈したそのままをほぼパクって常識的解釈になっていませんか?宇宙なんかを言われても、当時の人々に実際の宇宙がイメージできないですし おそらく世界旅行も出来ない時代に万物の法則ってごく狭い地域での法則特徴ぐらいだと思いますが? 色即是空、空即是色 原語でこれを聞いた当時の一般人はどうイメージしたのか?ぶっちゃた解説をおねがいします

  • 仏教の教えは唯一つ

      仏教は唯一つのことを説いているのではないか。 色即是空空即是色、この世のあらゆるものは空であり、無である。 仏教が説いているのは唯これだけであり、それ以外には何も語っていないのである。 色即是空空即是色、仏教においてはこれが全てであると思っております。 仏教はあの世のことなど何一つ語っていない。 極楽浄土のこと、地獄のこと、人が死んで成仏するとかしないとかのこと、六道輪廻のこと、戒名や戒名料のこと、お題目のこと・・・等々、これらについて仏教は何一つ語っていないのである。 仏教が説いているのは唯一つのこと、色即是空空即是色である。 この世のあらゆるものは空であり、無である。 あの世のあらゆるものもまた空であり、無である。 何故ならあの世はこの世が作り出したもの、あの世とはこの世のことだからである。 故に極楽浄土は空であり、地獄は無である。 これで良いのではないか、これで何の問題もないのではないか。 私はこれで十分であると考えます。 このように考えると極楽浄土も、地獄も、成仏も、戒名も、六道輪廻も、お題目も、・・・およそ坊主の考える一切が空であり無となるのではないか。    

  • 無は何処からやって来るのか

      無は人の心から生まれるのである。 無は願望である。 無を願う心が無を生むのである。 色即是空空即是色。 これもまた同類である。 ただの願望に過ぎないのである。 いや無ではなく空であるなどと言い逃れよーとしても無駄である。 無を願う人の心が無を生み、空を生むのである。 なぜ人は無を願うのか。 あらゆるものが無であってほしいと願うのであろーか。 それとも自分だけが無であってほしいと願うのであろーか。 あるいは自分は無ではないが苦しんでいる間だけ無でありたいと願うのであろーか。 しかし有が無になることも、無が有になることも出来ないのである。 それは宇宙の法則が許さないからである。 無を願う人の心が無を生むのであれば、無を願う心がなければ無は生まれないのである。 無を願う心の中以外に無は何処にも存在し得ないのである。 無は願望である。 およそこのよーに結論して十分ではなかろーか。  

  • この世は無でも有でもなく、その中間の空であるとは

      「色即是空空即是色、この世の全ては無であり空である」 このように申したところ、この世は無でも有でもなく、その中間の空であるという者が現れました。 これを中道と言うらしい。 わたしとしては中道を行くなんて考えはただの風見鶏、現世主義の最たるものでおよそ信仰とは最もかけ離れた経典の中だけの世界だと思っております。 では訊ねたい。 仮に仏教の教えがこれであったとして、こんな平凡ありきたりのことを説いて一体何のご利益が生まれますかね。  

  • わたしはあなたがたの側にいます  

      万物の根源、宇宙の法則、アルケーの神はここにいるあなたがた皆に申しております。 「 わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたの側にいます。 また、あなたがたが呼ぶとき、わたしは答え、あなたがたが叫ぶとき、『わたしはここにいる』と応えます。 わたしは万物の根源、宇宙の法則であり、あなたがたの神である。 わたしはあなたがたの神であり、唯一絶対であり、わたしを除いて他に神はいないことを知りなさい。 わたしは永遠にあなたがたと接しています。すなわち正義と、公平と、いつくしみと、あわれみをもってあなたがたと接しています。 わたしはあなたがたと共にいて、あなたがたがどこへ行くにもあなたがたを守り、あなたがたをこの地上に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたがたを捨てず、あなたがたに語った事を行うであろう。 」 全知全能の神アルケーが地上に住むあなた方に送る言葉としてこのように申されました。 あなたがたはこの言葉を感じ取れますか。