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公開死刑について

aqua-blueの回答

回答No.5

皆さんと同じような回答になるかもしれませんが、補足ということで。 まず、死刑存廃問題についてはそれぞれの立場にとってジレンマを抱えています。 死刑存続派にとっては例えば冤罪の問題、廃止派にとっては被害者感情などです。 で、公開死刑にしたら犯罪がなくなるかという問題ですが、 「見せしめ」としての効果が全くないとは思いますが、 死刑に、根本的な犯罪抑止力があるかといえば、Noでしょう。 つまり、人殺しをする上で、 「自分はこの人を殺したら死刑になるかもしれない」 と考えた上で殺人を行うなんてことはそうありえない・・・ ということです。 ただ、被害者感情として持つであろう、 「憎き犯人を殺してやりたい」 という復讐感情を国家が代行している、 それが今の日本の死刑制度だと私は解釈しています。 国際社会における立場について指摘されてる方もいらっしゃいますが、 犯罪者の人権の前に被害者の人権をどう扱うか、 この点について非常に敏感な日本人という人種のことも踏まえて、 考えるべき問題ではないでしょうかね? また、公開死刑の場合、残虐な刑罰の禁止を定めている憲法にも違反するでしょう。 確か、中国には、死刑囚といえど、模範囚である場合には 刑が減軽される可能性があったかと思います。 日本では、悟りを開いたような真人間に立ち戻った死刑囚が 残念ながら処刑されたという話があるそうです。 こうした制度は取り入れてもいいんじゃないかと思うんですけどね。 余談になりますが、 「死刑執行人の苦悩」という本が出ているはずです。 創出版というところが出版し、その後大手出版社の 文庫本として再販されていたはずです。 死刑問題に興味がおありでしたら、お読みになることをお勧めします。 別の側面が見えてきますよ。

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  • 死刑の抑止効果

    死刑の抑止効果はあるとは思いますが 最近「死刑になりたいから~」との動機で 犯行に及ぶ輩が増えていると感じます。 そのような輩は、死刑ではなく 懲役もしくは禁錮、刑期はその人物が死を迎えるまで。 禁錮は、閉じ込めておくので 懲役による他人との接触もなく、もしかしたら 懲役よりも苦痛に感じるか? 死刑の執行方法は 生き過ぎと思われる行為は いわゆる人権団体の猛抗議があるかな。 その当たりを考えれば 現在の執行方法が、良いのかも。 ただ、執行前に本人に お茶や、茶菓子の提供、自分の遺体をどうするか、 最後に、言い残しておきたい事とかの確認等、いらないと感じる。 死刑執行命令が出たら 淡々と、房で命令が出たことを告げ 刑場まで連れて行きすぐに、執行すべき。 殺された相手は、そのようなことは 出来なかったのだから・・・。 犯罪時、殺された相手の方は そこで質問です。みなさんは、死刑の抑止効果について どう思いますか?

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    凶悪犯罪の抑止力とするために、死刑は必要であるという意見があります。 しかし、日本の死刑が絞首刑であるならそれほど強い抑止力としての機能は果たさないのではないかとも思います。 例えば、自殺したいが勇気が無く死に切れないという人の場合、2人以上の人を理由無く殺せば国が自分に代わって殺してくれる。しかも一番苦しくない首吊りで。と考える人には何の意味もなさないと思うからです。 昨今の凶悪犯罪をメディアで見るたびに、犯人は被害者と同じくらい苦しい思いをして死んで償うべきだとつくづく思います。 そこで私が考えるのが、餓死による死刑執行です。 餓死は人間の死の中で最も苦しいと聞いたことがあります。凶悪犯罪者にはもってこいの刑であると思います。 死の局地になって、自分の犯した罪を心から詫びる気持ちも出てくるかもしれません。 さらに、現在の絞首刑の場合、死刑を執行した人は(誰がボタンを押したかわからないようになっているとは言われていますが)精神的な負担が計り知れないと思います。餓死なら独房に2~3ヶ月(餓死にどれくらいの時間が必要なのかは知りませんが)入れておけば勝手に死ぬので、自責の念にさいなまれることもないと思います。 皆さん、私の意見はどう思われますか?

  • 死刑って、ある意味....

    死刑って、ある意味犯罪者にとって楽になれる処遇ですよね。 それも自殺ではなく、苦しまないで楽に殺してくれる。 しかも、刑の執行までは税金で何の苦労もなく生きていられる。 色々な事情で、死ぬことさえできないで苦しみながら生きながらえている、善良な人も大勢いるのに。 あくまでも冤罪ではないことを条件ですが、もう少し被害者以上の苦しみを味あわせながら、この世の地獄を味あわせてはいかがですか。 それも、税金は極力使わないようにして。 たとえば、刑の執行が決まったら、無人島に放置して自然に死ぬまで放置するとか。 たとえば、非常に危険で生きながらえるのが難しいような所で、決して外に出ること無く死ぬまで働かせるとか。 私の言っていることが非人道的で人権無視なのは分かっていますが、残忍な人殺しをするような人には残忍な目に合わせても良いのではありませんか。 少なくとも、税金でのうのうと生きながらえさせた上に、苦しまないで楽にさせるのは、被害者にとっては納得できないもの。 加害者の人権を唱え、処遇の残忍なことを否定し、死刑さえだめという偽善者は、平和ボケしたある意味犯罪協力者とも言える。 人が人を殺すことに変わりがないからと死刑反対論者は、自らもその被害者になって見ればよいのに。 みなさんはどう思いますか?

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    先進国で死刑制度が残っているのは日本とアメリカの一部の州だけだそうですが、死刑の廃止されたEUやカナダなどで殺人などの凶悪犯罪が増えたとは聞いたことがありません。 逆に死刑執行が多いアメリカのテキサス州などはこれらの凶悪犯罪が減らないと聞きます。 死刑制度の是非ではなく、単に死刑が犯罪抑止に効果的であるという根拠をわかりやすく説明願います。

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    世の中には何人殺しても何とも思わない人もいます。 被害者の親族のことを考えれば、死刑は必要でしょう。 実際、死刑執行しなかったとしても、凶悪犯に心理的ダメージを与えることができます。 死刑の存在が、犯罪の抑止効果にも繋がるのではないでしょうか。 みなさんは どう思いますか?

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    死刑制度について議論されるべきは制度存続の是非ではなく、 刑の執行方法が現行のままで適切かどうかについてだと思います。 被害者=死んではならない人が強制的に苦痛を伴う死を強いられた というのに、加害者=他人の命を理不尽に奪った者 が絞首刑という 安楽死(温情刑)で苦痛の無い安らかな最期を与えられているという あまりにもアンフェアな現状に激しい憤りを覚えます。 死刑は司法による殺人などではなく犯した罪に対する適正な処罰です。 理不尽に他人の命を奪ったのは殺人犯の方です。 他人の命を奪うという犯罪が存在しているのですから、 自らの命をもって償うという罰が存在するのは当たり前のことです。 死刑囚は他人の命を理不尽に奪ったから死刑を言い渡されたのです。 自分が先に殺さなければ死刑判決を受けることなど無かったのです。 死刑判決を言い渡される原因を作ったのは犯罪者自身なのですから。 刑罰には犯罪者に罰を与えるというだけでなく 見せしめることで犯罪抑止力を持たせるという役割もあります。 犯した罪の重さと比べてそれに課せられる刑罰が著しく軽いようでは 犯罪抑止の効果は全く期待出来ないと思います。 たとえば100万円を盗んだ罪に課せられる刑罰が罰金10円では、 刑罰としての体を成さないばかりか、犯罪抑止にも繋がりません。 しかし、これが我が国の刑罰の現状なのです。 支那人によるサンゴ密猟事件がその良い例ですね。 また、死刑を廃止するということは、 どんな罪を犯しても国と法が犯罪者の存命を保証するということです。 どんなに残虐な方法で、どんなに多人数を殺しても 更生不能な凶悪犯罪者の生存が保証されるということです。 これはまさに国による殺人許可です。法による殺人幇助です。 適正な罰則規定があってこそ公序良俗、安寧秩序が保たれるのだと思います。 そこで質問ですが、みなさんは 死刑制度について いかがお考えですか?

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