締切り済みの質問
非常に英語に堪能な人だけ回答ください.今、come について調べています.comeは来る、だけでなく、行く、とも訳します.このへんの事情は周知のことで、例えば、ジーニアス和英でcomeは:"動詞bringに対応し,発話が行なわれた時点または発話の中で示された時点にcomeの主語が話し手の所へ「来る」または聞き手の所へ「行く」が本義"とあります.例文として、C~ downstairs. Dinner's ready.”“I'm coming.” 「下へ降りておいで,夕食ですよ」「今行きます」《◆この場合×I'm going. とはいわない》とあります.
以上を周知の事実とします. さて、性的な表現で類型的によく言われるところの、 I'm coming. というのがありますが、次のような疑問が生じます.主語はこの時、話者です.さて.隠喩されている場所を推察します. goでなく、comeが使われていることから、上記のジーニアスの説明によると、到着すべき場所は次の二箇所のどちらかです.すなわち(A:話し手の所)(B:聞き手の所)のどちらかです.ここまで考えましたが、一体いくのはどこなんだろう?
英語をきちんと学んだ人に聞きたいです.
投稿日時 - 2001-04-20 13:39:16
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回答(9件中 1~5件目)
下に書いたblank_outです。
仕事が終わって家に帰ってきたので、辞書から引用させていただきます。
The American Heritageによると、細かい部分も含めると27の意味が定義
されています。
ここに全てを書くのは混乱を招くだけだし、大した意味を持たないと思う
ので一番最初に書いてある一番コアと思われる意味を書きます。
To advance toward the speaker or toward a specified place; approach
とあります。
話し手と聞き手の関係に重き置く日本語の「行く」や「来る」とは全く概
念が違います。この辞書に書いてあった27の意味で聞き手の事を基準にし
た説明は皆無でした。話し手を基準に置く場合があるのは、欧米の人間は
自己主張の訓練を受けているため、自分を話題の中心として考えるのに慣
れているからでしょう。
従って、話し手、聞き手の関係でcomeの意味を考えるのは誤りだと思われ
ます。
詳細はこの辞書にあたって下さい。
2000ページ以上の馬鹿でかい辞書なんで、大書店に行けばすぐに見つかる
はずです。
因みに、アクティベータもあたってみましたが、基本語過ぎて詳しい説明
は載っていませんでした。
投稿日時 - 2001-04-22 03:01:07
お礼
読み応えありそうな回答をありがとうございます.アクセス前に決めていたのでここで閉じます.後で読みます.せっかくのご意見(未読)対してコメントが返せなくてすみません.
投稿日時 - 2001-04-22 14:41:56
ここ数年、英語を全く離れていますが、簡単にアドバイスをさせて頂きます。
まず、comeという単語については、厳密に解釈すると「行く」でも「来る」
でもありません。概念が全く違うからです。
非常に簡単に定義すると以下の様になると思います。
正直言って、厳密に書くと「come」と「go」だけで一冊の本になってしまう
ので(記憶が正しければ、事実存在します)飽くまでエッセンスだと思って
下さい。
「行く」の概念:
話者或いは他の者、物、概念が話者の置かれた場所、状態から特定の場所又
は状態に物理的又は概念的に移動又は遷移する。
「来る」の概念:
話者の置かれた場所又は状態に他の者、物、概念が物理的又は概念的に移動
又は遷移する。
「go」の概念:
話者が発話した時点で話題の中心と考えている場所、状態から特定の者、物、
概念が離れる方向で移動又は遷移する。
「come」の概念:
話者が発話した時点で話題の中心と考えている場所、状態へ特定の者、物、
概念が近づく方向で移動又は遷移する。
しかし、このように定義されている辞書はほとんどありません。
英語の単語に日本語の単語を対応させるという、いわば便宜上のやり方で
定義しているものが殆どです。なので、特に和英辞典の辞書の定義を鵜呑
みにするのはどうかと思います。
根本的に理解したいのであれば、英英辞典の使用と原書の乱読をお勧めし
ます。特にロングマンから出ているアクティベイター(今もあるかなあ?)
なる英英辞典は読む辞典としてはお勧め出来ると思います。
学問的に言うと、文法という分野は自然言語を完全に説明するのに十分な
域に達しておらず、不完全なものだと考えた方が良いかと思います。英語
の文法も厳密に言うと現在様様な表現の仕方が研究されており、日本で教
えられているのはその内の一形態と聞きます。
英語の文法に関して言えば、これも英語圏で作られたOxford等で出版され
ている文法書は実践的でシンプルだと感じます。
投稿日時 - 2001-04-21 14:21:12
まず私の1度目の投稿を確認してください。
>実際に私(の体)が人のところへ移動するわけではありませんので
としていますが、これは物理的移動のことを意図したものであり、
心象世界の移動は否定しておりません。
物理的移動のみここでいう「本義」に含まれるという立場での回答です。
ここまでは了解しておられるのですね。
>(お説1)comeには話し手・聞き手の移動が本義だが、それ以外の第三の所への移動がある.
これは come to + O で表現される. orgasmは第三の所であるからこの枠組みにあう.
とされています。ほぼ合っていますが、第3のところへの移動が必ず
come to + Oというのはfinetoothcombさんのお説であって私の説ではないです。
が、orgasmに達するとすれば、come to orgasmか、
come orgasmic(非文か?)のかたちになるでしょう。
後者は置いておいて、finetoothcombさんのようにto Oの省略を
認めないとすると、前者は間違いということになります。
では、省略が可能なことを証明できるかというと、難しいですね。
ただ、もし省略が可能であれば、Oのみではなく、to Oの部分になると思います。
No.5の一部は確かに構文の違いを無視した頓珍漢なものでした。
投稿日時 - 2001-04-21 09:12:43
> 被選択英語がcomeで、被選択日本語が「いく」なのか?この両者に”移動”とい
> う共通性の存在に意味を感じたのが私の質問の重要なモチーフ.
ハハハ、じゃ、なんで“I'm coming”なんて聴いたこともない英文をわざわざ持ち出したんでしょう。“It's coming”なら聴いたことがありますが。そこに“移動”が見出せるとも思ったんですか?
もう一つ、質問者:finetoothcomb氏の質問は、最初から矛盾を孕んでいます。
> 性的な表現で類型的によく言われるところの、I'm coming.というのがあります
で切り出したはずなのに、unklejamさんの「回答に関する補足」では
> 主語付きの場合と私は想定したが、(人にもよろうが)、主語抜きもありそうだ
> な、と思えてきました.
なんておっしゃってます。じゃあ「類型的」かどうかは、でっちあげだったのですね? 最初から「AかBか」なんて議論に興味はなかった、そうですよね?
偏執的な文法談義が目的だとわかっていたら、みなさん初めから回答を寄せなかったと思います。
もう一度、来ます。
投稿日時 - 2001-04-21 03:00:51
補足
violetberryさんは、失礼な人なので、もうこないで欲しいですが、#1の補足で募っている情報に関して正確なことを述べられる人を募集します.変に失礼にならずに、冷静に、出典を明らかにして、提供して欲しいです.
投稿日時 - 2001-04-21 09:33:32
お礼
もういいです…と書きたくなります.あの~質問者は拠出のはっきりした信頼できる情報の交換なら大歓迎です.でも、なるほどと思う意見のない、中傷なら、断固お断りします.必死に考えて、意見を交換している質問者や回答者に失礼と思うからです.
投稿日時 - 2001-04-21 09:25:19
実際に移動しないから本義での解釈を否定したのです。
本義かそれとも派生した語義かということと、
toが欠落するかどうかは別の問題では?
逆に
Come downstairs. Dinner's ready.
I'm coming.
ではなぜtoの欠落を許容するとお考えですか?
本義では欠落を許容し、派生した語義で許容しない理由は何でしょうか?
ちなみにcome to「意識を取り戻す」のtoは、辞典によると、
「正常な状態へ」という意味とされています。
投稿日時 - 2001-04-21 00:42:14
補足
訂正です.
語>話し手・聞き手
正→話し手の所へ・聞き手の所へ
投稿日時 - 2001-04-21 09:11:02
お礼
お説では次の(お説1)(お説2)二つの論が混在していると見て、(お説2)の方には反証する必要もないと思ったので、#4では(お説1)のみ反証しました.
(お説1)comeには話し手・聞き手の移動が本義だが、それ以外の第三の所への移動がある.これは come to + O で表現される. orgasmは第三の所であるからこの枠組みにあう.
→(反証)本義でないこの第三の所への移動は、toは省略できない.(と思う.信じられなければ、辞書等をあたって、反証を見つけてきてください)
(お説2)実際に移動しないから本義での解釈を否定.
→(反駁)実際に移動しないなら、なぜ、被選択英語がcomeで、被選択日本語が「いく」なのか?この両者に”移動”という共通性の存在に意味を感じたのが私の質問の重要なモチーフ.よって、心象世界を含めて「移動」概念に拘りたい.
(回答者新質問)本義では欠落を許容し、派生した語義で許容しない理由は何でしょうか?
>Come downstairs. Dinner's ready.
>I'm coming.
>ではなぜtoの欠落を許容するとお考えですか?
→(回答)これはtoの欠落ではありませんことをご確認ください.もとがdownstairsですのでもとからtoはありません.
本義即ち、話し手の所への移動ないし聞き手の所への移動は、come +M 構文です.
第三の所への移動は、構文が違います.必ず、come to +O 構文です. 行き先がorgasmでこれが第三の所、というのがお説ですから、I'm coming to 第三の所. ですから、第三の所、が仮に欠落すると、I'm coming to.となります.
このことを#4論拠にされていたのではないのですか???? …反論があれば、辞書か文法書ででご確認の上、出典を明記してお願いします.(私はジーニアス和英を用いています)
投稿日時 - 2001-04-21 01:25:34