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スピリチュアリストの人生

スピリチュアリストは、守護霊達によって厳しい環境に導かれ、鍛え上げられなければならないというのは本当ですか? 死後の霊界での活動に備えて鍛え上げられるのでしょうか? それとも死ぬ前に今後この現世で何かをするために鍛え上げられるのでしょうか? 人生経験の豊富な方、どう思われますか? (カテゴリーは占いではないと思うのですが、適当な所が見当たらなかったのでここにしました。【スピリチュアル】というカテゴリーでもあったら良いのですが・・・。)

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  • -merlin-
  • ベストアンサー率42% (114/269)
回答No.2

気づきを得るために厳しい環境に身をおくことはありますが すべて合意の上なので、鍛え上げるというのは言葉が違うような気がします。 厳しい環境というのも違和感があります。 学生時代に部活をしていた人ならわかると思いますが、 筋トレが嫌いな人は多かったです。 ですが厳しい指導のもと勝ち取った人は多く存在します。 学生時代に嫌だった筋トレが、社会人になってお金を払ってジムに行き それ以上に鍛え上げている人も多いです。 強制されているわけでも仕事に必要があってというわけでもない人が。 環境というのは主観で変わります。 厳しいかどうかは本人の主観でしかありません。 他人から見て厳しいと思っても本人はそう思ってないでしょうね。 厳しいと思ううちは何かが足りてないのかもしれません。 アスリートは結果を得るために練習をしています。 厳しい。嫌だ。そう思えばいつでもやめられます。 人生も流されようと思えばいつでもドロップアウトできますよ。 仕事を失いホームレスになり苦しい時代を過ごした。 仕事や投資に失敗し多額の負債を抱えた。 失恋し死のうとまで思った。 などなど。 逆境の中から気づき、学び取り成功した人。 失恋した結果。最良の人に出会えた人。 人生を振り返ってあの時の苦労があったから今があるという人はとても多いです。 苦労を活かし、気づきを活かすことができる人と 悪態をつき人生を呪い他者を傷つける人では雲泥の差があると思います。 人は窮地に立たされないと全力を出そうとしません。 たいていの人は目標もなく与えられた仕事をしてるだけ。 精一杯やってる。頑張ってる。これが限界だ。 部活で厳しい指導者に出会った人ならわかると思います。 自分でそう思っているだけ。本当はまだまだやれる。 もう走れない。そう思っていても罰ゲーム付きでダッシュさせれば けっこうみんな走る余力ありましたよ。 人生に鬼コーチがいたとして、受け入れるかどうかは自由です。 スピリチュアリストと呼ばれる人はネガティブなことは言いません。 ふつうの人なら辛いことでも受け入れ消化し、よりよく生きようとします。 結果、乗り越えてしまう人は多いです。 ただスピリチュアルという言葉が独り歩きしてる昨今、変なこと言う人は多いですね。 本をたくさん読み情報を頭に詰め込んで、人生に活かすことができない人。 否定的なことを言われただけでキレ、暴言を吐き、誹謗中傷の限りを尽くす人。 なんともエセくさい。 特に江原啓之さんを信奉している人に多いような気がします。 ごく一部の人がそうすることによって、全体のイメージが悪くなってしまうので 非常に残念に思います。 私の中ではカルト集団としての認識になりつつあります。 その人たちにとって鍛え上げられている。その認識があっても 違うベクトルに流れてしまうようです。 だからよけいにカルトっぽくなっちゃうんでしょうね。 単純にスピリチュアリストといっても、多種多様な人がいることを 知っておいてください。

noname#96140
質問者

お礼

為になるお話ありがとうございました。 もっともっと精進します。

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その他の回答 (4)

noname#189246
noname#189246
回答No.5

 自由意思と、善の動機と悪の動機の関係についてもう少し補足させて下さい。ここはすごく重要な部分です。ただ、自分の認識の整理の意味もあるので、くどいと思われたら読まれなくてもいいです。    人間には自由意思があります。だから人生は自己責任。その通りです。その中身は、善の動機で生活するか、そうでない動機で生活するかの2つの概念に大別されると思われるのです。  善の動機とは何か。私にはそれは利他的な思念のある意識だと思われます。自らの向上意欲も、他者の状態を改善させてやろうという気持ちも、最終的に皆の為になる、する、という明るい前向きな気持ちの動機の事を善の動機と言うのではないかと思います。  善でない動機とは、利己主義に原因のある動機のことではないかと思います。ただの虚栄心、権勢欲、人を虐げて、自分だけが人を出し抜いて、という思い。自分だけが楽をしたい。暗い思念です。ずるくて汚い精神の元に発生する動機だと思います。  霊界は善の意識の世界です。全ての魂は神の分霊であり、類魂が霊界に居ない魂はありません。何が言いたいかというと、全ての魂には善を感じる力が備わっている筈なのです。それを重宝するか、無視して利己主義に走るか、それが自由意思で選べるのだと思うのです。  善の動機を自由意思で選ぶ時、それは霊界の善の感覚に素直に従っている事になると思われるのです。霊界の望んだ道を素直に歩いている事になると思われるのです。そこで守護霊も順調に指導が出来ると思うのです。  善でない動機を自由意思で選ぶ時、それは霊界の善の感覚を無視した行動になり、理想的な予定から外れる事になると思います。そしてそれなりのレベルの教訓を学ぶことになると思うのです。  だから、善の動機を選ぶ時の自由意思は、霊界の作用であるところの善の感覚に影響を受けた意志であると思われるのです。  善でないの動機は理想的な行動にはならないと思います。霊界の意識ではないのではないかと。でも、その未熟さも霊界では当然把握していた筈で、それなりの指導があるものだと思います。  洪水で家が沈みそうになったおばあさんが、助け舟が来た時「神様が守ってくれるからいい」と言って断りました。そしておばあさんは洪水で亡くなりました。何で助けてくれなかったのか神様に聞いたら、「助け舟を出したではないか」と言われました。おばあさんは自由意思でそれを断ったのです。  これは人の好意を無視した利己主義でしょうか。人の決死の善行は霊界の善の意識ですから、それを無視したらやはり利己主義の一種という事になるのかも知れません。  もっとも人の死期は宿命なので、これは死ぬ時に学ぶ教訓と捉えるべきでしょう。自殺の意思でないなら、自由意思のせいで死んだのではないと思います。  失礼しました。

noname#96140
質問者

お礼

ありがとうございました。

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noname#189246
noname#189246
回答No.4

 カッコ内の注意書きによると、質問者様はこの類の質問をすると、質問に真っ直ぐ答えない批判や中傷が投げつけられる可能性を知った上でのご質問でしょうか?  それほどのお覚悟や気合いがおありなら、スピリチュア“リズム”を冠する本を読んだ方が誤解はないし理解は深まると思いますが。別にそれを読んだからってスピリチュアリストになれという訳ではないのですから、怖れる必要もないですし。 >スピリチュアリストは、守護霊達によって厳しい環境に導かれ、鍛え上げられなければならないというのは本当ですか?  主語が違います。スピリチュアリストではなく、スピリチュアリストもそうでない人も全てです。霊的真理を知ろうが知るまいが人間は誰でもです。  ところで質問者様は今楽で苦しみのない環境に居ますか?おおむね嫌なことがいっぱいあるでしょう。それ自体が守護霊によってコーディネートされたトレーニングジムなのです。ただし、人間には自由意思もあります。自分の自己責任で環境を選べます。ところが、入ってみたら「こんなに苦しいとは」とか「こんなはずじゃなかった」と思うことがたくさんあるでしょう。結局は自由意思で選んだことは守護霊によって用意されたトレーニングジムでもあった訳です。というか、自由意思と言っても無意識的な恣意は、ノンレム睡眠時に霊界で自分と過去世(類魂の中の守護霊)の融合によって検討されたことであり、それによると決して楽な道を選ばないように自分で決めたということなのです。  楽な道を選んだつもりでも、いろいろな出来事に苦しめられるでしょう。無意識の中の霊界は全て知っているのです。全てのアクシデントを知った上でそうさせているのです。自由意思にも霊界の作用が影響していると言えるでしょう。    ただしこれは善の動機の上で決めた行動に限って、霊界の修行の作用が働いていると言えるのではないでしょうか。悪の動機で行動する時は霊界の無意識的善のエネルギーを無視した、迷える子羊な訳です。そういう愚かさはやはり自由意思で選べるのです。ただし、霊界を無視した自由意思としてね。  しかし、それはカルマの返済という学びとなって返ってくるのであって、やはり最終的には向上の糧になります。悪の動機で行動する時は、善の動機で行動する時より低次元の学びをやっているということで、向上が後者よりも遅れるので、比較的わろしという感じなのです。動機が大事だよという事なのです。 >死後の霊界での活動に備えて鍛え上げられるのでしょうか?  そういうことを盛んに述べる霊もいました。全ての魂は霊界において、利他的精神を発揮する事に喜びを感じます。そういう世界なのです。そして、その環境が本来の魂の永遠の棲みかなのです。そして周りの魂の役に立つために自分に足りない部分を向上させるために現世に顕現してくるのです。というわけでこの事は全くその通りと言う事になります。善の動機で自然に生活していれば、今世での修行の目的は達成されることになります。その内容が高級であろうと低次元であろうとね。魂は一歩一歩向上するのです。あせってはいけません。  悪の動機で行動すると、本来の目的から外れて、もっと低次元の学びをやり直さねばならなくなり、比較的わろしと言う感じです。比較的わろしとゆるやかな表現をするのは、所詮霊界の永遠からすれば人間が何回か再生することなど一瞬と言えるのですから、1回分遅れたくらいではちょっとわろし程度の事と言えると思うからです。でもそのことに甘んじないようにしないと、いつまでたっても目的は達成されませんけどね。私が言いたいのはあまり深刻になり過ぎないようにということなのです。 >それとも死ぬ前に今後この現世で何かをするために鍛え上げられるのでしょうか?  もちろんそのような課題を持って現世に顕現している人も居るでしょう。ケースバイケースですね。 >人生経験・・・  う~む、どうでしょうね。ていうか逆にどんなイメージの人を望んでいるのか知りたいくらいですが。私が意にそぐわない場合は申し訳ありませんでした。

noname#96140
質問者

お礼

基本、死後の活動に備える、ということだと思いました。 どんなトレーニングも、その後の為に向けてするわけですからね。 有難うございました。

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  • burahuman
  • ベストアンサー率27% (167/604)
回答No.3

人生経験豊かでは有りませんがお言葉に甘えて本音を少々 >スピリチュアリストは、守護霊達によって厳しい環境に導かれ、鍛え上げられなければならないというのは本当ですか? 誰の言葉か存じませんが本人が勝手に言っているだけでしょう。 この手の世界では証明できない事をあたかも周知の事実であるかのように主張する人が多いですが自由に言わせておけば良いと思いますよ。 >死後の霊界での活動に備えて鍛え上げられるのでしょうか? 死後の霊界なんて有りませんからご質問には答えがありません。 >それとも死ぬ前に今後この現世で何かをするために鍛え上げられるのでしょうか? 何物かによって鍛えられるのかと言う意味ですか? そうだとすれば事の真偽を話題にしても無意味だと思いますね、考え方次第だと思いますので。 まあ信仰の世界ですね。

noname#96140
質問者

お礼

死後の世界があるというのは、「信仰」ではなく「真理」なんですよ、残念ながら。 信じる信じないの問題ではなくて「事実」なんですよー。 科学者や学者など証明している人はたくさん居ます。 証明されなくても自らの経験から悟っている人もたくさん居ます。 回答有難うございました。

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  • vcrystal
  • ベストアンサー率0% (0/3)
回答No.1

鍛え上げられ無ければというのは、正確ではないですね。 ほとんどは、自己責任です。 つまりは「スピリチュアリスト」であろうが、なかろうが自己の人生は、自分が造るというのが基本です。 なにかそういう本かTVで見聞されたのでしょうか? 死後のために鍛えるのではないです。 今、生きている生をよりよくするために、がんばるべきが正解ですよ。 それは、普通の人もそういう世界の人も平等です。 確かに特殊な力を持てば、その影響はあるでしょうが。

noname#96140
質問者

お礼

うーむ。 学校での勉強というのは、その学校を卒業した後の人生に向けてするわけですよね? 腕立て伏せというのは、筋肉を付けるのが目的であって、より良い腕立て伏せをする為に腕立て伏せをするわけではありませんよね? ということはこの地球というトレーニングセンターでの訓練も、そこを出た後の為にするのではないでしょうか?という考えに行き着きました。 有難うございました。

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