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「シュレディンガーの猫」のパラドックスは解決できるか?「観測」の問題点。

First_Noelの回答

  • First_Noel
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回答No.4

お書きになった思考実験はまさしく, 「誰もいない森の中で木が倒れた.果たして木が倒れると言う事象は存在するか?」 と言う人間原理に基いた問答です. 森の木が倒れた事象は,周囲の木々,土や木の中の虫たち, 或いはドスンと衝撃を与えられた地面によって「観測」されたことになります. 「観測」と言う言葉が,実際は「相互作用」とでも呼ぶべきものであって, シュレーディンガーの猫では,放射線をセンサが検知したかしないかで, 状態はひとつに定まっています. 即ち「観測」が成立する訳です. それを知らないのは,森の外にいる人,であって, 実際はセンサが既に状態を一意に「観測」しているため, 従って,シュレーディンガーの猫は,面白い例えではありますが, 結局は「森の外の人」に留まってこそ不可思議な問答であると言えます.

pulin_2008
質問者

補足

量子力学の不確定性は、実際のところ、観測する術がないから量子の位置などを正確に知ることができないのではなく、雲のように拡がった存在確率の波こそがある種の実体であり、それは二重スリット実験からも確かめられている。こういうことらしいです。 これをマクロの世界に拡大適用する思考実験が「シュレディンガーの猫」のわけですが、マクロの世界では量子的ゆらぎ・重ね合わせ状態などほとんど意味を持たないので、この実験自体思弁の一種かもしれませんね。

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