解決済みの質問
30年前と今の難易度を、単純に比較することはできないと思います。
国内での位置づけが最上位であるということは、相対的な努力という意味では今でも同じものが求められるからです。
ゆとり教育によって全体的に学力が低下した。
これは事実だと思います。
しかし、「鶏頭となれども牛後となることなかれ」という諺ではないですが、どの集団においても最上位に位置するのは困難なものです。
そして、その困難や努力というものは、乗り越えた者、行った者が評価するべきものであり、傍から一括りにして「東大生の質が落ちた」と簡単に言えるものではないと思います。
昔のCMではないですが、「東大生になってから、東大なんて意味がないと言う」のなら分かりますが。
敢えて30年前と比べるならば、やはり東大は東大の難易度であるといったところでしょうか。
中国は2つの面から「教育が進んでいる」と言えるでしょう。
1つは、国家が国力増大のために力を入れていること。
もう一つは、生活レベル向上の手段として学生の意欲が高いこと。
このため、より実用的な学習・研究が行われる傾向があります。
日本の国立大学、特に東京大学などは、学術的研究を行う傾向があり、その意味では中国と比較して「進んで」はいないかもしれませんが、中国にも別の面で抑制・規制されている学術分野があることを考えると、一長一短と考えるのが妥当でしょう。
ただ、質問者さんの懸念されているように、「ゆとり教育」によって全体的な学力が低下したことは事実であり、それは最上位よりもむしろロングテール、つまり中下位層に対する影響が大きいです。
中下位層は、与えられたものしか学習しないからです。
環境がどうあれ、最上位層は目的を達成するための手段として教育を利用します。「ゆとり教育」であれなんであれ、やるべきことをやるから最上位層なのです。
そして、どちらの側に入るかは自分次第です。
投稿日時 - 2008-01-26 08:17:04
補足
ようは基礎学力と一般教養と応用力ですか?
投稿日時 - 2008-01-27 15:11:09
お礼
ありがとうございました。12年間学んだことが日常、仕事。社会で直結して役に立つものあまり無いですからね。分数なんかあまり使わないので忘れう人もいるでしょう。
投稿日時 - 2008-01-26 10:43:42
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ベストアンサー以外の回答(8件中 1~5件目)
>中国は学校の教育が進んでるのですか?
上の層の教育や学力は高いと思います。人口も多いですしその分日本より秀才や天才も多いんじゃないかと。
ただ下の層では戸籍の無い子供や人間がゴロゴロいたり、炭鉱で子供が強制労働されられていたり問題も多く教育どころじゃない気がします。
投稿日時 - 2008-01-29 19:12:55
補足
国が大きすぎて隅々まで面倒見れないのですか?
投稿日時 - 2008-01-30 11:39:44
お礼
ありがとうございました。まあ人が多いから上も下もあると言うことですね。全てに於いて。
投稿日時 - 2008-01-29 20:38:05
東大の一学年の定数は、30年前とあまりかわっていませんが、子供の数が大幅に減っています。
人数だけで考えるなら、昔、東大と京大に入っていた人たちが全員東大に入学して、昔なら京大に入学できなかった人が京大に入れる時代です。
この状況を考えると、トップは、ややレベルが下がる程度ですが、中堅以下は大幅にレベルが下がることが考えられます。
つまり、日本人の学力自体はあまりかわっていないが、絶対的な人数が減っているのです。
少子化の影響で、最も子供が多かった世代と比べて、現在では半分近くまで子供が減っています。
投稿日時 - 2008-01-29 15:47:39
補足
それに比べると中国は人口が多いですから。
投稿日時 - 2008-01-30 11:42:01
お礼
ありがとうございました。まあ日本も中国も韓国もルーツは同じに見えますが。
投稿日時 - 2008-01-30 11:45:30
学力というより、教育の目的を何と考えるかという面もあります。
30年前になかったコンピュータの役割をどう見るべきか、
(たとえば複雑な計算、アルゴリズム、プログラミング、情報探索)
日常の語彙使用の分布はどう変化したか、古文や漢文、
歴史に接する機会、英語・統計に接する機会はどう変化したか、
さらには以前になかった新しい概念に適応できるかどうか、
大人になってからの転職を可能にする生涯教育を施せないかなど、
新しい課題が多く登場しています。
経済的に見れば、2006年の労働者1人当たりの生産性は、
30年前の1.8倍、中国の4.1倍程度(購買力平価ドルベース)となっています。
日本の科学技術が大きく発展したのはここ20年位の変化ですから、
まだ現状では衰退という色は伺えません。
しかし、この間にも産業の構造に変化が生じており、
30年前の経済に適するような学力では、
30年後には時代錯誤になっているかもしれません。
教育の価値としては、人的資本という概念もありますが、
教育年数に依拠する数値がどれだけ有効なのか?という問題はあります。
・プライスウォーターハウスクーパース 人的資本推測?
http://www.dajun.com.cn/2050wo9.gif
学力の比較としては、PISAやTIMSSというのがありますが、
大体は先進国の間の比較ですし、まだ長期的な蓄積はありません。
・PISA (最新は2006年。他に2000年、2003年がある)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/071205/001.pdf
・TIMSS (最新は2003年。他に1995年、1999年がある)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/12/04121301.htm
東大の学力低下に対する指摘は、工学部の数学調査があります。
ただ、東大でも昔から教育に問題が多いと言われていますし、
トップレベルの学力というならば、義務教育よりも
東大の教育の質を改善した方が手っ取り早い気もしますが。
・東京大学工学部の学力調査
http://home.m05.itscom.net/kashi/two/drei.html
中国は貧しい農村を抱えるため平均では教育は遅れています。
国内ではなかなか産業に活かせるノウハウの蓄積が乏しく、
教育も暗記偏重で実用性に乏しいと言われたり、
大学授業料がやたら高くて進学率が他の途上国に遅れを取っていたりで、
それなりに多くの課題を抱えています。
他方で、勉強に対する熱心さでは日本よりずっと高いでしょうし、
上海や北京などの先端の地域では教育水準の向上は著しく、
トップ層ではアメリカの大学院に多くの人材を派遣しています。
投稿日時 - 2008-01-28 14:41:11
補足
どこの国も生活m教育のレベルをトップ、真ん中。下層レベル比べると平均はどうでしょう?
投稿日時 - 2008-01-28 16:22:18
お礼
1つの試験でみんな受験させてみないと比べられませんが。
投稿日時 - 2008-01-28 16:47:30
>日本人の学力は下がってると言われてますが今の東大進学の難易度は30年くらい前のどれくらいの大学の難易度ですか?
東大に限定すれば、30年前と今と学力的にはおそらく変わりはないでしょう。
30年前に「一流」と世間で呼ばれていた大学は、「学力が下がった」といっても、当時の学生の学力を10とした場合、9ぐらいの程度です。
しかし、30年前「二流」と呼ばれていた大学はかなり下がっているでしょう。「三流」はさらに下がっているでしょう。
そして今や「大学全入時代」、つまり選ばなければだれでも大学に入れる時代になったわけです。
>中国は学校の教育が進んでるのですか?
日本よりもはるかに進んでいる教科もあれば、著しく劣っている教科もあります。また、「学校教育とは教科学習だけではない」と日本では考えられており、そのあたりを考えれば一概にどちらが進んでいるとはいえないでしょう。中国は地域によっての差が、かなりありますし・・・。
日本よりはるかに進んでいる教科は数学です。日本で中学生が今勉強するレベルは中国では小学校高学年です。
また英語は、日本では最近小学生でも少しずつ勉強するようになりましたが、中国の学習内容に比べればはるかに低いです。
逆に芸術教科や体育などは、日本では広範囲にだれもがまんべんなく学びますが、中国では多分違うでしょう。
例えば音楽や美術は週に決まって1時間以上は日本の中学校で勉強しますが、中国では異なるようですね。
体育は、日本では水泳、陸上、器械体操、舞踊、柔道や剣道、球技など、全ての生徒が広範囲の学習をしますが、中国では多分違うと思います。
「学力が下がった」というと、大部分の方が国語や数学、英語などの5教科の学力を考えると思いますが、実は音楽や体育などの能力も随分下がりました。
ただそれは、日本の教育が「学力」以外の道徳や特別活動など、広い範囲の教育に近年力を入れようと試みた結果であって、「教育」という言葉の定義を広く考えれば、教育の質が下がったと短絡的にはいえないと思います。
参考にして頂ければ幸いです。
投稿日時 - 2008-01-26 14:26:49
補足
学力の向上と国家の科学技術など経済発展はどう貢献影響するでしょう?
投稿日時 - 2008-01-28 12:22:33
お礼
ありがとうございました、日本も中国も韓国もルーツがpな時で同じ民族で遺伝子は同じようなものでしょう。
投稿日時 - 2008-01-28 12:42:07
#3です。
「日常生活に直結しない」と考えることこそ、学力低下の原因なんです。
そうやって勉強をしない、努力をしない言い訳をつくり、目の前のやるべきことをないがしろにしてしまうという姿勢が。
勉強と言うのは、確かに「分数」のように生活に直結しないものもあります。
ただし、それは部分であって、勉強に取り組むという姿勢も含め、全体として「物事を遂行する能力」を身に付けるのが、勉強というものなのです。
「ゆとり教育」がどういった目的で推進され、どういう経過を経てこのような結果を生んだのか、そこのところをよく考えると、この問題を理解する手助けになるはずです。
生まれた「ゆとり」を活かした人と、そうでない人がおり、文句を言うのは活かしていない人たちです。
国がやってくれなかったから、学校がやってくれなかったから、だから自分は被害者なんだと。
学歴を馬鹿にするのも同様の人たちです。
現実には学歴社会は崩壊などしておらず、それは遠い未来の理想でしかありません。
一人の人間を正確に判断する指標や基準が定かでない以上、企業は結果を出す能力や才能を判断するために学歴を重視せざるを得ないからです。
ただ、それは人格とイコールではないですから、仕事以外でそういったものを誇ることは倫理的におかしいとは思いますが。
それでも、学歴というものは努力の証となるものですから、他者のそれを無下に否定するというのはルサンチマン的感情からくるものだと思います。
個人的には、「早く走れる」「裁縫が上手」「映画に詳しい」「料理をつくれる」「絵がうまい」など、どんなことでも学歴と同等の価値があると思っています。
そして、それこそが「ゆとり教育」の目指すところであり、本来であれば社会がそういった認識になってから実施すべきものでした。
ただ、社会はそこまで成熟しておらず、子供たちにモチベーションを与えてあげることもできず、教師の認識も甘かったため、こういった状況に陥ったのです。
『勉強の他に重要なことがあるんだよ』と言いながら、それが何なのかを教えず、そして社会はそれを否定していたからです。
それでも、「努力すること」だけは教えなければならなかったのに、それすらできなかった。
とても悲しいことです。
学校は理想だけを教える場所ではなく、現実も教えなければならないのに、それができないんですよね、きっと。
モンスターペアレントの問題も含め、教育と社会に矛盾が多すぎるんでしょうね。
投稿日時 - 2008-01-26 12:27:00
補足
漫画を読んでるわけ見てるではないので何らかの役には立ててると思いますが使わないと忘れるんですよ。それがもったいない。
投稿日時 - 2008-01-28 12:27:49
お礼
「物事を遂行する能力」一人の人間を正確に判断する指標や基準が定かでない以上、企業は結果を出す能力や才能を判断するために学歴を重視せざるを得ないからです。ありがとうございました。
投稿日時 - 2008-01-26 21:15:37