• ベストアンサー

キリストと釈迦

kigurumiの回答

  • kigurumi
  • ベストアンサー率35% (988/2761)
回答No.5

カンニバリズム。 (先日ハンニバルを観ており、今回思いつきました。) 古代では、力をなくした王を殺して食うという風習があったようなんですね。 (王を神と置き換えてもいいでしょう。) 殺して食うことで、王が力を復活させるという風習があった。 「食べなさい これは私の肉である。飲みなさい これは私の血である」 古代の人は血に魂があるとされた。 ユダヤ教徒は血を抜いた肉を食べますが、何故血を食べないかというと、食べちゃうとその動物が復活できないから。 復活できないと、食べるものが無くなるので、だから血は飲まない。 ところが、血を飲むことでそれを内に入れるという解釈もできたわけです。 早い話が共食い。 南米のどこかで遭難した人々が、人を食って生き延びた事件がありましたよね。 食うことでその命を自分の中に宿しつづけるという考えにならないと、共食いになってしまう。 結局は窮地に追い込まれたら他人も食ってまで生き延びるということに、なんらかの正当性を見出そうとしたと思えるし、罪悪感すら消せる思想だと思います。 古代王は紫の衣を着せられ、女性達の夜をともにし、その後で紫の衣を剥ぎ取り、鞭打ち槍でさして殺したらしいです。 その時 王が涙を見せれば、民は幸福になるとされたそうです。 殺されるべき王は、その儀式を受け入れていたようなんです。 (そのうち、王ではなく身代わりの王が代行を務めることになったそうです。) この生贄の儀式がいつ頃まであったのかはわかりませんが、アブラハムとイサクの頃、この人を殺して食って生き延びるという風習は必要なくなり、身代わりの動物を殺して神に供養として捧げるという仕来たりに変化したそうです。 ところが、イエスが生きたとされた時代に、再び人身供養が復活している。 少なくとも思想上は共食いを賞賛しているわけです。 王を殺すことで多くの人が生き延びるという利己的と思える思想。 輪廻というより、、、なんでしょうね。 他人の肉となることで、殺したものが生き延びることになるという思想。 殺しは悪いことじゃないし、殺した人を食うことはその人を生かすことになるという思想。 釈迦はこれにどう反論するのでしょうね。 日本人が昔フランスで恋人を殺して食ったそうですが、どうして愛する人を食ったのかと聞かれた人が、「愛していたから」と答えたそうです。 その人を食うことで合体したかったのでしょうか。 究極の利己主義だと思います。 他者を自分の同化したいという欲望。 他者では我慢ならないというわけですよね。 神を食う、人間を殺して食う。 究極の利己主義ですね。 全てを一つにしたいという欲望。 これは人間といえるのか。 人間だから、同化したいという欲望がひき起こるのか。 それで殺して食うのか。 こうなったとき、もはや人間が道具として使う言葉は理性は通じなくなる。 人間ではなくなる。 哲学は人間が唯一持っている学問。 それが崩壊したとき、人の形は崩壊する。 人間じゃあなくなる。 某宗教は人類が絶滅するよう望みその方向で世界を侵略していったようなんですね。 愛と救い=絶滅。 釈迦はこの絶滅への思想の根源である人を殺して食うという考えに、どう反論するのか。 不可能。 何故なら言葉も理性も持たない人間ではないものに、言葉を持ってしても、それは雑音でしかないから。 無欲でありなさいと言ったところで、救われたいという欲望に流されるなといったところで、それは全く意味を持たない音でしなかなりえない。 釈迦の負け。

noname#31811
質問者

補足

私も早速「ハンニバル」を観てみよう。

関連するQ&A

  • 釈迦とキリスト

    キリスト教では神がこの世を作り そして神がマリヤと通してキリストを地球にもたらした(?)とキリスト教の友達に教わりました。では釈迦はどうなのでしょう?白い像が天から舞い降りて釈迦が誕生したと聞いた覚えがあるのですが その前はどうだったのでしょう?キリスト教はキリストの前に神が存在するけど仏教は釈迦の前の話がないと言われました。本当なのでしょうか?教えてください。

  • 釈迦もイエス・キリストのような数々の奇跡を行ったのですか?

    釈迦もイエス・キリストのような数々の奇跡を行ったのですか? それとも教えだけですか? 奇跡を行ったとしたらどのようなものがあったでしょうか?

  • 釈迦の血液型について

    イエスキリストはAB型というのは有名な話ですが、釈迦は何型でしょうか?インドはBが多くそういう説もありますが、はっきり知りません!!

  • キリスト教は自由や民主主義をどう考えているのか

    キリスト教を基盤としたUSAやイギリスを代表とするいわゆる欧米諸国は「自由と民主主義」を掲げている国というイメージがありますが、キリスト教の教義からいえば真の信仰の自由や民主主義はありえないような気がするのですが。 (むしろ非キリスト教国である日本の方が自由と民主主義の国のような気がします。)

  • 韓国では、キリスト・釈迦の誕生日が祝日なのは何故?

    韓国では、イエスキリストの誕生日(12月25日)も釈迦の誕生日 (4月8日)も祝日です。 日本では、政教分離が建前になっているため、特定の宗教の 記念日が祝日になる事は決してありません。 韓国は、キリスト教や仏教よりも儒教の方が国民性に密着していると 言えますが、どうして、12月25日も4月8日も両方とも祝日なんでしょうか?

  • キリスト教ネストリウス派が異端とされた論争

    キリスト教ネストリウス派が異端とされた論争とはどんな論争でしょうか。わかりやすくお教え願えればとおもいます。

  • キリスト教とイスラーム教

    キリスト教とイスラーム教は、 同じルーツであるにも関わらず、 なぜ相容れることができないのでしょうか? そしてなぜアメリカとイラクは戦うのですか? 全く異なるキリスト教と仏教においては、 こんなに強くいがみ合うことはありません。 例えば、(一応)仏教徒の私たち日本人は、 釈迦の誕生日は知りませんが、 キリストの誕生日は知っています。 そして日本中でクリスマスを楽しみます。 キリスト教と仏教は仲良く(?)できますよね。 なぜ、こんなにもキリスト教とイスラム教は いがみあい喧嘩ばかりしているのでしょうか?

  • ”宗論はどちら負けてもキリストの「  」”になりま

    ”宗論はどちら負けても(ないし、勝っても)釈迦の恥”と言われています。日本は、恥の文化、と称されているためですね。 西洋では”宗論はどちら負けてもキリストの「  」”になりますか?

  • キリスト教と仏教の教典

    キリスト教も仏教もそれぞれ宗派がありますが、キリスト教は宗派が違っても聖書とゆう同じ教典がありますが、仏教は宗派ごとに教典があるように思えます。 法事などに参加しても、父方のお経と母方のお経が違うし知人のところのお経もまた違うお経です。 宗教に無知なぼくから見れば、キリストの教えが聖書。では釈迦の教えはどれ?となって考えが飛躍して仏教はバラバラの教典をよりどころにしているから、仏教とゆうひとくくりの表現は間違いではないかと思ってしまいます。 教えてほしいことは、キリスト教の教典は各宗派とも同じ聖書を教典としているのでしょうか。 それと、仏教には何々経、何々経といろいろなお経がありますが、全て釈迦が教えたお経なのでしょうか。 そしてどのお経が釈迦の教えの真髄なのでしょうか。 教えてください

  • キリスト教

    のとは一体どのような考えをを持っているのでしょうか? というのも授業でトルストイについて学んでいるとき、トルストイ主義と呼ばれるキリスト教的な人間愛を説いたとありました。 キリスト教について調べてみてもよく理解できませんでした。キリスト教的な人間愛とは人類みな平等ということなのでしょうか?