• ベストアンサー

「読まず嫌い」・・・名前を聞いただけで、「難解」と敬遠しそうな作家や思想家は?

rider-chonchonの回答

回答No.9

こんばんは。 断然、宮沢 賢治です。 小学校のとき、教科書に確か「クラムボン」がでてくる作品が載ってました。作品名は残念ながら忘れました…。擬態語と擬音語と比喩の合わさったような、彼自身の造語がさっぱり理解できませんでした。 セロ弾きのゴーシュも読みましたが、読み終えた後何故かしっくりきませんでした…

be-quiet
質問者

お礼

教科書には必ず出てくる「宮沢賢治」。その印象からは難解とは感じない人も多いかもしれません。 ただ、文体もストーリーも結構平易なんですけど、確かにご回答のように「擬態語と擬音語と比喩の合わさったような、彼自身の造語」は、分りにくいですからね。 ありがとうございました!

関連するQ&A

  • 何でも、ためらいなく経験できる方がよいという思想

    何でも、ためらいなく経験できる方がよいという思想 そこまでいかなくても、そのようになれたほうがよいという思想を、どんな人が展開したことがあるのか、知りたいのですが、そのようなものがあれば教えてください。 私の知る限りでは、 ニーチェの永劫回帰 は、そういったものだと思います。 心理療法の分野や、思想、宗教の分野で、そのような思想は何かありますか?

  • 不可能性の文学とは?

    埴谷雄高という小説家の本のなかに、不可能性の文学という言葉があったのですが、これは一体どのような文学なのでしょうか。 また、埴谷雄高以外に、この文学に位置づけられる人(文学者、思想家等)がいるのでしょうか。 御教授願います。

  • 永劫回帰とは

    ニーチェの永劫(永遠)回帰という思想は「輪廻転生」とも違い、「まったく同じ一生を繰り返す」という考えだと思うのですが、これは「死んだ後もまた同じ生を繰り返す」という思想なのでしょうか? 「あの世」を否定するニーチェなので「生まれ変わる」とか「再生」のような思想は持たないと思うのですが、永劫回帰はどういう思想になるのでしょうか? 「ツァラトゥストラ」は大好きで何度も読むのですが、なかなか難しくて理解できません。後半になると比喩が深すぎて理解できなくなってしまいました。 詳しい方がいましたら、ご教授願います。 本やHPの紹介でもうれしいです。

  • 永遠に続く人生の再放送・・・

    映画『ハンナとその姉妹』の中で、生と死の問題に悩む主人公ウディ・アレンは、ニーチェの「永劫回帰」の思想を「なんだかテレビの再放送みたいでいただけない・・・」とこぼします。 ニーチェの永劫回帰の思想は、簡単に言えば、人は誰も永遠に同じ生を繰り返す、というものです。もちろんわたしたちにはその自覚はありません。けれどもそれを想像したとき、全く同じ人生を永遠に繰り返すことにあなたは堪えられるでしょうか? ニーチェは、それに堪え得るのは「超人」である。といいました。 寸分もたがわない人生の永遠の繰り返しに対し、ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』の主人公の最期の言葉のように、「怖ろしい。怖ろしい」ということはあり得ないでしょうか? もし、「わたしは超人でも何でもないが、それでもこの人生を寸分たがわずに永遠に繰り返すことに怖れは微塵もない。」と言えるとしたら、それは何故でしょう? また、「あなたのように」答える人は多いと思いますか? ひょっとして、「ディレクターズ・カット」を入れられるなら、と思ったりはしませんか? 永遠に繰り返される全く同じ人生にあなたは「イエス」と云いますか?

  • 「永劫回帰」について教えてください

    【永劫回帰】ニーチェの根本思想。あらゆる存在は意味も目標もなく,永劫に繰り返されるが,この円環運動をあえて生きる決意をする者は生の絶対的肯定に転じることになる。永遠回帰。 と辞書にあります。 「円環運動をあえて生きる決意をする者は生の絶対的肯定に転じることになる。」 とはどういう思想なのでしょうか? 円環運動=人生ということはわかりますが、「生の絶対的肯定に転じることになる」ということはどういうことを示し、またそれがなぜ「あえて生きる決意をする者」が前提になるのかがわかりません。「あえて」と強調されているところにポイントがあるように思うのですが…。 「永劫回帰」については心理学のある概念と関連があり、今非常に気になっておりますが、当方哲学はもとよりニーチェの思想については学問的に無知ですので、より具体的、より入門的にわかりやすく伝えてください。

  • ニーチェの「超人思想」を教えてください

    ニーチェの「超人思想」というのを簡単に教えてください。 1.仏教などのように悟りを開くというような意味でしょうか? 2.ウルトラマンなどのような変身願望に近いのでしょうか? 3.超能力を身につけることと関係ありますか? 4.普通の人には縁がなく、特別な人だけのものですか? 5.「神が死んだ」という言葉がありますが、これと関係ありますか? 6.子供でも理解可能なものですか? 7.超人になった人がいますか?ニーチェはどうですか? ちなみに「ツラツストラ」は2度読もうとして途中で挫折しました。 難解すぎます。 よろしくお願いします。

  • 【至急】埴谷雄高と吉本隆明の論争について

    ご教示いただきたいことがあります。 埴谷雄高と吉本隆明のコムデギャルソン論争に関し、埴谷の側の発言を詳しく確認したい のです。現在webで確認しても、「資本主義のぼったくり」「それを見たらタイの青年は悪魔と思うだろう」という代表的な言葉が紹介されているのみで、詳細な発言を確認することができません。 原文そのものでなくてもよいので、もっと詳しく知る方法をどなたかご存知ないでしょうか。 たとえば、 ●刊行されている埴谷の著作集で、確認できますでしょうか。 ●詳しい記述のあるwebページは、どこかに存在しませんでしょうか。 ●発言、文章の載った雑誌をどなたかご存知ないでしょうか。(国会図書館で 確認できるかもしれませんので) ●もしくは、当時の資料を保有されており、回答欄に詳細を記述いただけるような方が いらっしゃると本当に助かります。 急ぎの質問で申し訳ございませんが、どなたかご教示いただきたく、お願い申し上げます。

  • 《永劫回帰》なる阿呆な考えについて

     徹底的に批判しきっておきたいと考えます。  ニーチェの亡霊をもほうむっておきたい。  すでに 批判がなされています。ところが 次のヰキぺの記事においても どこかまだ その《永劫回帰》なる考えにしても なんらかの思想性があるかに思われるというような評価さえが残っている。  質問者は 次のくだりをめぐって 批判を明らかな結論が得られるようにおこない切りたい。  ご見解をお寄せください。  ▲ (ヰキぺ:永劫回帰) ~~~~   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%8A%AB%E5%9B%9E%E5%B8%B0  § 3 永劫回帰批判  ・・・  ( a ) 永劫回帰は科学的に確定される現象や政治思想としてではなく、あくまでも実存主義の構えの柱の一つであり、個人の心的現象内によって発生しうるものなのかもしれない。    ( b ) ニーチェは、個人幻想の枠内ならば、人間は因果律も時間軸も超えられることを叫び、個人幻想の絶対的自由を主張したかったとも解釈しうる。これについて、永井均は永劫回帰は思想と言うよりも、ある日突然ニーチェを襲った体験である点を強調している。  ( c ) 永井均はニーチェ哲学とは徹底した「問い」であると指摘している。確かにニーチェ哲学は狂気をはらんでいるが、それは無知や短絡的思考からくる狂気ではない。一般人なら適当なところでやめてしまう疑問を問い続けた結果であり、哲学的思索を徹底したがゆえに発生する狂気なのである。  ~~~~~~~~~~~~  (あ) 次の命題は 意味がない。   ▲ ( b ) 個人幻想の枠内ならば、人間は因果律も時間軸も超えられることを叫び  つまり 《人間は いかようにもその想像力の翼をはばたかせて自由に空想を成しうる》と一般論を言っているに過ぎない。ゆえ。  (い) つまりそれを   ▲ ( b ) 個人幻想の絶対的自由を主張したかったとも解釈しうる。  と解釈するのは ばかばかしい。想像力の自由さ・ゆたかさは 特に主張をするものではない。     (う) これをもって   ▲ ( a ) 実存主義の構えの柱の一つであり  という気が知れない。想像力があれば 《実存主義の構えの柱の一つ》になれるのか? ならすべての人が 実存主義者だ。  (え)  ▲ ( a ) 科学的に確定される現象や政治思想としてではなく、・・・個人の心的現象内によって発生しうるものなのかもしれない。   ☆ 《心的現象として発生したもの》なら 思想だというのだろうか? 何らかの気持ちをいだいたという心的現象が そのまま《実存主義の構えの柱》になれるのか? ちゃんちゃらおかしい。  (お) ▲ ( c ) ニーチェ哲学は狂気をはらんでいるが、それは無知や短絡的思考からくる狂気ではない。一般人なら適当なところでやめてしまう疑問を問い続けた結果であり、哲学的思索を徹底したがゆえに発生する狂気なのである。  ☆ ここには このように《発生する狂気》が 何らかの思想的な意義を持つと言わんばかりである。んなばかな!  ▲ 一般人なら適当なところでやめてしまう疑問  ☆ というのは 無意味と知ったからやめるのではないだろうか?  (か) すなわち 永劫回帰については 次の説明がある。  ▲ (同上ヰキぺ) ~~~~~~  § 1 概要  ( d ) 「時間は無限であり、物質は有限である」という前提に立ち、無限の時間の中で有限の物質を組み合わせたものが世界であるならば、現在の世界が過去に存在し、あるいは将来も再度全く同じ組み合わせから構成される可能性について示唆している。  ニーチェにおいて、この世界の円環的構造は、たんに存在論的なものにとどまらず、自由意志の問題と結びつけられる。  ~~~~~~~~~~~~  このどこが 《ニーチェ哲学》というように《哲学》なのか?  どこが 《哲学的思索》なのか?  (き) ▲ 「時間は無限であり、物質は有限である」という前提に立ち  ☆ この前提がおかしい。のではないか? なんで時間が無限なのか?  (く) ▲ 現在の世界が過去に存在し、あるいは将来も再度全く同じ組み合わせから構成される可能性について示唆している。  ☆ という内容についての次の説明が どういう考えから出て来たものか 解明していただきたい。  ▲ ~~~~~~~~~~~  § 1 概要  永劫回帰は生への強い肯定の思想であると同時に、「一回性の連続」という概念を念頭に置かねばならない。つまり、転生思想のように前世→現世→来世と‘生まれ変わる’ものでは決して無く、人生とはカセットテープのように仮に生まれ変わったとしても‘その年その時その瞬間まで、まったく同じで再び繰り返す’というものである。   仮に2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服していたとしよう。命尽きて生まれ変わっていたとしても、2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服している。リセットしてカセットテープを巻き戻しただけの状態になる。  これが「一回性の連続」である。それを永遠に繰り返す。  故に、己の人生に「否」(いな)と言わず、「然り」(しかり)と言う為、強い人生への肯定が必要なのである。  ツァラトストラは自ら育てた闇に食われて死して逝く幻影を見る。最高へは常に最深から。超人は神々の黄昏に力強く現れる。闇を知り、闇を破し、死してなお生への強い「然り」を繰り返す。今、ここにある瞬間の己に強く頷く態度、それこそが超人への道であり、永劫回帰の根幹である。  ~~~~~~~~~~~~~  ☆ この哲学の貧困について その由来が知りたいと思いますので ご見解をのべておしえてください。  その内容こそが ニヒルではないか?

  • ニーチェのニヒリズム(虚無主義:「ツゥラトゥストラは語りて」)において

    はじめまして。 こちらのカテの方々に質問が御座います。 有名な言葉ですが、ニーチェは全ての囚われから解放できる唯一の方法が「意思」である、と説きます。 しかし、面白いのは更に話を進め、その意思さえもどうにも出来ないのが「過去(時間)」である、と説きます。 と、ここまでは論理的なのですが、ここらかが破綻し始めます(しているような気がします)。 何とニーチェは、このどうにもならない「現実(矛盾)」を克服する為に、何とその過去を「肯定」してしまうのです。 読んでいてびっくりしました; 個人的には、「それ以外に方法がないし(今のところ)、現実(運命)を受け入れるしかない」、とニーチェは言いたいのだと思いますが、どうも何かひっかかるものを私は感じました。 このあと、これを基にしていわゆる皆さん御存知の「超人思想」「永劫回帰」が出てくるんですが、私はこの時点でニーチェの言っている事は矛盾していて、破綻しているように思えるのです。 ひょっとして、ニーチェが発狂したのは、彼の思想が不完全(矛盾・破綻)しているからではないかと。 あるいは、この世界そのものが既に破綻していて、矛盾しているのかもしれませんが…。 しかし、現在を肯定的に捉える事はもちろん必要ですが、実は「否定する事」も必要なのでは? あくまでニーチェの書物は、他人の解釈によって完成するので、これは私の勝手な解釈かもしれませんが…。 皆さんのお考をお聞かせ下さい。 (あと、おすすめの解釈本がありましたら、ご紹介の程よろしくお願いします。※サイトでも構いません)

  • ニーチェのいう超人とは一体どのようなものですか?

    連続投稿ですみませんm(_ _;)m 哲学でニーチェ先生を勉強しているんですが、難しくてさっぱりです…; 極論ですが永劫回帰とは、ようは地獄(現実)が繰り返される事を意味するんですよね?; それを受け止め(運命として)精神的に乗り越える人のことを「超人」と呼ぶ、でいいんでしょうか?; 運命を変える人の事を「超人」というわけではないのですね; なんだか納得できるような納得できないような…; あと、個人的に「虚無」についても勉強してるんですが、これに打ち勝てるようなものは存在しないのでしょうか?(この質問は任意で結構です;) もし、何か御存知でしたら教えて頂けないでしょうか? 勉強し始めたばかりで、誰が何が良いかも分かりません(><;) 本も難しいのが多くてどれがよいやら…;