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「規律を敬う」か「規律を養う」か

ある武術のインストラクターを紹介する文章を書いているのですが、「規律を敬いながら心身両面を鍛える」という表現を使ったところ、上長から「規律を敬いながら」ではなく「規律を養いながら」とするべきと指摘を受けました。 規律=ルールなので、「ルールを養いながら」という書き方はおかしいのではないかと確認したところ、「規律を養う」のほうが一般的な言葉づかいだと言われました。 その後も辞書や文法の参考書で調べてみたのですが、どうも「規律を養う」という言い回しが正しいという確信が得られず、誤った用法ではないかと心配しています。 この使い方は正しい使い方でしょうか?

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回答No.5

個人的な感想で申し上げれば、「規律を敬いながら……鍛える」も「規律を養いながら……鍛える」も、違和感があります。 まずは、問題とされている「養う」について。 おっしゃるように、「規律を養いながら……」だと、未完成の規律を徐々に完成させていくというようなニュアンスを感じるので、それを通して「心身両面を鍛える」というのは、かなり変だと思います。 ちなみに『広辞苑』で「養う」の項を見ると、 1.子供をそだてる。養育する。扶養する。 2.餌を与えて動物を育てる。飼う。 3.体力・気力がおとろえないように保つ。養生する。 4.だんだんに作りあげる。つちかう。 5.飲食する。 6.箸を取って子供などに飲食させる。 です。「規律を……」に繋げて使うなら4.の「だんだんに作り上げる」しかあてはまらないと思います。 記事の文章の主語は「指導を受けている人」でしょうから、「指導を受けている人が、規律を《だんだんに作りあげながら》心身両面を鍛え上げる」になり、意味がおかしくなってしまいます。 ということで、二者択一なら「敬う」の方を選びますが、私はこれにも違和感があります。 同じく『広辞苑』の「敬う」の項には、 相手を尊んで礼をつくす。尊敬する。 とあります。「相手」というからには、敬う対象は「人」だと思います。あまり「もの」や「動物」を「敬う」という言い方はしないと思います(比喩ならあり得ますが)。 要は、「規律」は従うものであって、尊敬するものではないのでは?という感想です。「敬う」に似た表現を使うならば、「尊重する」あたりではないでしょうか。 他の方へのお礼欄での補足を読む限り、「様々な規律を遵守すること通じて心身両面を鍛える」とか、「様々な規律を尊重することによって心身両面を鍛える」とか、そのような表現の方がぴったりくるような気がします。 いずれにしても、インタビュー記事ならば、最終的にそのインストラクターの方にも読んでいただいてOKを取ることになるのでしょう。 その時に、ご本人に「どちらの表現がよいでしょうか」と聞いてみては如何でしょうか。 いくら上司でも、発言元(そのままの言葉ではないにしろ)の方が「その表現はやめてくれ」と言ったら、それ以上「《養う》で行け!」とは言えなくなってしまうのではないでしょうか。

naganem
質問者

お礼

回答いただきありがとうございます。 私も最初のうちは択一で言葉の正誤を考えていましたが、ご指摘いただいたとおり「尊重する」「遵守する」など違う表現の仕方も考える方が幅が広がって良いかもしれません。 もう少し考えてみます。 「規律を敬う」の表現に違和感を抱かれたとのことですが、仏教の考え方に「法を敬う(敬する)」という言葉がありよく使われることがあります。 「敬う」の対象は必ずしも人物に限られるものではないと思います。 ありがとうございました。

その他の回答 (5)

  • Postizos
  • ベストアンサー率52% (1786/3423)
回答No.6

その「上長」という人との関係がわからないのですが、師弟関係にあるならともかくは従うべきでしょう。 武道に於いて最も必要なのは「自己規律」自己を律する思想ではないでしょうか。身体を鍛えるうえで自分で決めたトレーニングを実行することもそうですし、いざ強くなった時その強さを律して行くことはどの近代武道でも重視されていると思います。だから近代の武道では術であるにもかかわらず道という建て前を好むのではないでしょうか。 精神論だけでは勝てないとも思いますが… スポーツとして考えても練習するさいの意識の持ち方や練習法を選手自身が考えるのは大事だと思います。 ですのでその人の言っている「敬うではなくて養うだ」というのは、「規律はもともと決まっている物としてあがめるのではなくて自分で考えながら自己を律する規律を養って行くことが大事だ」という意味なのではないかと考える次第です。 もし今会の規律のことを言っているとしたら、それを絶対の物として敬えというのではなくて互いに尊重したくなるものとして会員自身が作って行く物だと言いたいのではないでしょうか。 一度そのあたりのことをその方と話し合ってみてはいかがでしょう。

naganem
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 自分の文章をもう一度見直して、よい表現になるよう考えてみます。

回答No.4

記事を書く者としては、言われたとおりの書き方をするのが鉄則。勝手な解釈は最もいけない。 【例】~という思想哲学を、師は「規律を養う」と表現する。 このように、もし、言葉として分からなかったら、師が言われた言葉を、そのまま書く。師独特の造語的な言葉ならば、それで、師も喜ぶ。師にとって、思い入れのある言葉の可能性があるからね。 つまり、師にとっての規律とは、自らが作成して、そして、自らを律するもの。凡人であるが故に他者に押し付けられたものではなく、自身の思想哲学に裏打ちされたその規律は、一般の社会的通念、社会的規律よりも、遥かに厳しい。他者には優しいが、自らに課した規律は山のように高く、海のように深い。 そして、そういう自らを律する規律は、日々の鍛錬により、よく養い育てるものであって、既に完成したものとして敬っている場合ではない。日々、今後の修練によって、規律には修正が加えられ続け、より完成度の高いもの、より汎用性のあるもの、より統一感・一貫性のあるものとなっていく。科学で言うところの、「仮説」。真実と信じられている事柄の全ては、とりあえずの、今日的仮説に過ぎないということを、昨今の多様性の時代の中で承知しておかなくてはいけない。ひとつの真実を追い求めることが、時に、一貫性に齟齬を生ずることもあろうが、格別、難しいことではない。 師の言葉を正しいとか間違っているとか考えること自体、はなはだしく僭越。失礼極まりない。なぜ、そのまま、受け取ることが出来ないのか。それが出来ないというのなら、今後、書くことを止めなさい。 武術の「インストラクター」というのにも違和感がある。師を尊敬していれば、今時の「インストラクター」などという言葉は遣えない。あるいは、お客次第で、コロコロ言うことが違ったり、提灯持ち的発言をして女性客に媚を売る今時の職業としての「インストラクター」という認識が、貴方には、あるということでしょうかね。それなら、ちょっと馬鹿にしたような表現、ちょっと皮肉った表現であるのも頷ける。

naganem
質問者

お礼

「勝手な解釈は最もいけない」とのご指摘、ありがとうございます。 自分の考えを表現する際に独りよがりな書き方にならないよう、十分に注意したいと思います。 わたしの文章に説明不足な点があったようで、いくつか誤解を与えてしまった部分があるようです。 申し訳ありませんでした。 まず、「規律を敬う/養う」という言葉は、指導者の方が直接言った言葉ではなく、インタビューの内容を私がまとめて表現したものです。 そのために『「規律を敬いながら心身両面を鍛える」という表現を使ったところ』と書いていました。 >師の言葉を正しいとか間違っているとか 誤解されているようであればいけないので追記いたしますが、『「規律を養いながら」とするべき』と指摘したのは武術の指導者ではなく私の上長です。 それに対して、道場の清掃や練習道具の使い方、練習生同士の挨拶などいろいろな決まり事を説明してくださったものを「規律を養う」と表現したのでは「今まだできあがっていない規律をこれから作り上げていく」という意味になってしまうのでおかしいのではないか?というのが私の質問の趣旨でした。 >武術の「インストラクター」というのにも違和感がある。 「インストラクター」という肩書はその指導者ご自身が使われている言葉であり、武術協会のウェブサイトでも使われている言葉です。 私が蔑んで表現しているものではありません。 例えば極真空手のような武術でも、海外支部ではInstructorという言葉を正式に使っています。 カタカナで記されているからといって馬鹿にしている、皮肉った表現である、女性に媚を売っているとは私は感じません。

noname#194996
noname#194996
回答No.3

>規律を養う 武術ということですから、その規律は一般でいうルールではなく、心技体といわれるいわゆる”形”のことを意味しているのではないでしょうか。決められたフォームで技を作り上げていく流れのようなもの、柔術などではことさらそういった”形”が重視されるように聞いています。自然に形がながれになって動きに現われてくるように、そういった”規律”を体に叩き込む、そういう意味のことを”規律を養う”という言葉で表現したいということではないかと私は思いました。 養う:育てる、作り上げる  そういった意味があります。

naganem
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 自身のなかの「規律を養う」という考え方ですね。 私の頭の中にない捉え方でした。 規律=ルールと書いたのは、「規律を養う」では「今まだできあがっていない規律をこれから作り上げていく」という意味になってしまうのでおかしいのではないか?という私の不安をわかりやすく説明するためのものでした。 もう少し考えてみたいと思います。

  • saotomee
  • ベストアンサー率22% (48/212)
回答No.2

武術の「規律」には何か特別の意味があるのではないでしょうか。 「鍛錬によって規律を作り上げていく」のような。 想像ですのでアテにはんりませんが。。。

naganem
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 たしかに、武術の「規律」には単なるルール以上の特別な意味があると思います。 指導者の方が直接「規律」という言葉を使ったわけではなく、道場の清掃や使い方、練習生同士の挨拶などいろいろな決まり事を説明してくださったものを、紙面上すべて紹介するわけにいかなかったので「規律を敬う」という言葉にまとめていました。 もう少し良い表現にできるよう考えたいと思います。 ありがとうございました。

  • cxe28284
  • ベストアンサー率21% (932/4337)
回答No.1

規律~人の行為の基準となるもの。秩序、きまり 規律が乱れる。規律正しい。規律を守る。 辞書等にはこの程度の言葉しか出ておりません。 規律を守る習慣とか姿勢を養うだと分かりますが規律を養うはいまいちですね。 規律を敬いの方がまともな言い方だと思います。

naganem
質問者

お礼

辞書からの引用ありがとうございます。 「敬う」「養う」だけでなく他の言い方についても考えてみようと思います。 ありがとうございました。

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