解決済みの質問
ある時ドイツでふと考え込んでしまいました。クリスマスには生き生きして輝いていた大小のクリスマスツリー。年を越したあたりから枯れて元気がなくなり、やがては道のあちこちにゴミの山となって積み上げられています。大きな大きな木も根から切り取られている為、やがてはゴミにされてしまいます。イベント的部分も多いと思いますが、クリスマスだからこそ、たとえ木であっても命あるものを
言葉は悪いですが殺してしまってはいけないのではないでしょうか?(ルターのせい!?)教会などではどうなのでしょうか?木は”復活”とかしないですよね?ちなみに、神学校に入った知人に聞いたところ「もったいないですねぇ」との事でしたが。。。
投稿日時 - 2003-11-30 23:06:10
スイスに住んでいた時、同じ事を思ったことがあります。
毎年使い捨て?もったいない・・・と
クリスマスのシーズンが終わった頃(年明けてからです)、回収日があって、いっせいに回収していきます。
私は近所の方から、薪になると聞きました。
近代的な暖房施設が整っていても、たいていのお家に暖炉がありましたので、需要も多いんだな、と思った記憶があります。
クリスマスといっても、敬虔な仏教徒のように殺生しないという感覚は薄いのかな~と思います。
古いイギリスの映画でも、大量の七面鳥をクリスマスには殺して、あるいは生きたまま売っている場面がありましたから。
投稿日時 - 2003-12-01 09:21:30
お礼
有り難うございます!薪の需要がある限りは、1月のしなしなツリーの山は、「木の死体(!?)の山~」と思わず、薪木の親分と思うようにします。
投稿日時 - 2003-12-01 23:18:53
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