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人生の目的

人生の目的っていったい何なのでしょうか?

例えば、
万人に讃えられる素晴らしい人生を生きても

誰からも見向きもされないしょうもない人生を生きても

着地する所は『死』であると決まっていて

みんな無に返るのだから

今日、私がこの世界を動き回る事に何の意味があるのでしょうか


こんな考えを持ってしまう自分にも、何かしらの目的があれば、動く気になるのかもしれないですが、それがわからなくなっています

こんな空を引っかくような毎日が、この先何年も続くのかと思うと、虚しくなります

甘ったれでごめんなさい

目的のわかる方がいらっしゃいましたら、私にも少し教えてください

投稿日時 - 2011-10-13 00:34:02

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QNo.7068181

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回答(8件中 1~5件目)

ANo.8

人生の目的ですか?
まだお若いですよね?
経験の積み重ねは、これからですよね?
人間は、少々頭でっかちです。
生きることについて、心や体ではなく、まだ頭ばかり使っていらっしゃるように感じましたが。

>着地する所は『死』であると決まっていてみんな無に返るのだから、今日、私がこの世界を動き回る事に何の意味があるのでしょうか
何の意味もないのなら、この世にある生命のすべてに、意味がないことになりますね?
でも、意味を考える必要があるのでしょうか?
私は介護施設で働いていますが、入居者さんは、人生の最後を生きている人たちです。
終える時までは精一杯生きなさいと、教えられますよ。

ところで、素晴らしい人生とは、どんな人生でしょう?
万人に讃えられても、その人が幸福かどうかはわかりません。
誰からも見向きもされなくても、幸福かもしれません。
自分の人生を、自分でどう思えるか。
大事なのは、それだけです。

ちょっと目線を変えてみてはどうでしょう?
「人生の目的」ではなく、「あなたの理想」や「夢」と「目標」です。

理想や夢はいくら高くてもいいんです。
とても届きそうになくても。
でも、目標は出来るだけ低く、何日かで達成できそうな、ちょっと頑張れば届きそうなところに。
いきなりあまり高いところにハードルを置くと、とても超えられません。
理想のハードルは高くても、まずは、ほんのちょっとの努力で超えられそうなところに置くのです。
それを超えたら、もう少しだけ高くする。
その繰り返しで、いつの間にか、随分高いハードルを越えられるようになるかもしれません。

>人生の目的なんて大それた事を考えないで、目の前にあることを確実にこなしていって物にしていくことが大事なんだと思うんです。
ANo.3の回答の方がおっしゃっているのも、こんなことなのではないでしょうか?
どうでしょうか?
「人生の目的」を、あなたの「理想」や「夢」と「目の前の目標」に変えて、考えて見ませんか?

投稿日時 - 2011-10-14 16:31:23

ANo.7

私も高校生の時でしょうか?
全く同じ考えに行きついた経験があります。

その時、自分でどうしてそう思ったか考えてみると、自分に
自由がなかったことが一番の原因であったと思います。
学生であれば、学生の規則に縛られ、自立もしていないため、
本当の意味で自由に好きなことはできませんし、探せません。

しかし、だからと言って学生のうちに勉強しなければ、世間一般の言ういいところ、
或いは自分のなりたいものにはなれません。人生って難しいですね。

高校生でなくなった今でも、考え方によってはそのことで悩むことも正直、たまにありますが、
私はそういう時、趣味である映画鑑賞にのめりこんだり、
何か新しいことを始めるようにしています。
少し胃が痛くなるくらいのことに挑戦すれば、成長したなと思えるのでは
ないでしょうか?

長文 失礼しました

投稿日時 - 2011-10-13 03:34:01

ANo.6

とある宗教での考えになりますが、

幸福とはひとつの精神状態であって、自分の内側から湧きおこるものだそうです。

私も質問者様のように空虚に支配されていた時期があり、だからこそこの教えを偶然耳にした時、納得できました。

ちなみに私は普段は宗教をきにしたりしません。

ほんとうに偶然に聞いて、なるほどとおもったことです。

そしてその幸福の状態というのは、人とのやりとりの中で生まれるそうです。

あってうれしいものでなくなったら悲しいものというのは幸せではないそうです。

断片的な説明で申し訳ありません。。心の中に留まっていることだけを書かせていただいているので、わかりづらいと思いますが、ご容赦くださいませ。

このことを知ってから、私は考え方や自分の時間の使い方が変わりました。

自分の心が自然にわくわくするところへ赴き、そしてそこで人と語らうこと、お金や地位など死んでしまったらなくなってしまうようなもので価値観を判断しないようにすることなど。

未来は今という瞬間をつなぎあわせたところにあります。

過去にとらわれず、未来への杞憂をなくし、今という瞬間を大事に過ごされてみてはいかがでしょうか。

投稿日時 - 2011-10-13 02:55:06

ANo.5

> 着地する所は『死』であると決まっていて

その決まっていることを変えようとした人たちがいたので、不老不死という言葉もあるのでしょうね。「生」に対する夢なのか、欲なのか。これが本質だとすると、人生の目的は夢だったり、欲だったりするかも。まぁ、単純な話だと、死が決まってるなら誰が考えても同じだし、生について考えた方が今が楽しい。楽しんでるときは死んだ後のことなんて考えてないです。不老不死実現できたら、決まってることを変えられますね。もし変えられたら、「生」があってのたまものですね。

投稿日時 - 2011-10-13 02:47:51

ANo.4

宗教にはその答があります。
一度軽く勉強するのもよし、毛嫌いするなら答はどこにもありません。

投稿日時 - 2011-10-13 01:16:39

お礼

回答ありがとうございます

宗教関連の本でしたら、高校生の頃に読んだ事があります
(宗教をごく易しい文章でまとめた本ですが)

そこには、この世は悲しみを学ぶところだと書いてありました
この世を生きて、悲しみを知り、いのちはほとけさまのところに返る、と

それを知り、救われる気持ちもありました

でも、それから気持ちが『死』に向かってしまいます
解釈が間違っていたらごめんなさい

投稿日時 - 2011-10-13 01:37:41

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