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最近思ったのですが、大学進学時に田舎の人が地元の国立大学を蹴ってまで東京の私立大学に行く意味はあるのでしょうか?
よほど特殊な学問でなければたいていは地元もしくは近隣の総合大学に行けば学べる学問です。
東京の私立大学に行くと入学金から授業料、生活費とすべてにおいて費用がかかります。
大学生活で学ぶことや、就職などについては立地に関係なく本人次第でどうでもなるらしいですし、教授陣に関しても、さほど面識もなく、その教授の学問の価値を高校生に理解できるとは思えません。
東京の私立大学に高いお金をはらってまで行く意味はあるのでしょうか?学費を埋めるメリットが何かあれば教えてください。
投稿日時 - 2008-09-08 13:31:11
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回答(12件中 1~5件目)
孤独を買う。変な言い方ですが、田舎の閉塞的な社会で息を潜めて生きるのがウンザリなのでしょう。行きかう人が知らない人だらけの心地よい孤独の中、生まれて初めて自分の人生を自分の思うまま思い切り試して見る。強いて言うならそういうところに価値があるのでしょうか。この場合は客観などないでしょう。主観が真実です。
投稿日時 - 2008-09-10 16:10:38
お礼
回答ありがとうございます。
なるほど。主観的に考えて、ですか。私自身何も考えずに親の言うとおりに地元の国立大学を選び、自分の学びたい学科があるからいいやと思って入学したものですから、東京がいかに魅力的であるかを皆さんの回答から学んだ気がします。
投稿日時 - 2008-09-10 19:54:13
>教授などの教鞭をふるっていただける方がいないと習得への
>難易度ははるか違うと感じました。
その通りです。難易度ははるかに上がります。
ただ、難易度が高いということは「人次第」でクリアできるという意味です。また理系の研究も同じです。
企業の基本は利益追求集団ですが、それでも環境によっては必ずしも学べないわけではありません。もちろんそのような環境があるところはほとんどありません。そういう環境で知識を習得するのは非常に難易度は高いです。
ただし、人によっては可能です。
アメリカでしたか・・・いわゆる天才児といわれる人のエピソードで、大学などにも通うことなく大学院生などよりはるかに高度な知識を独学で習得してしまった少年などの話もあります。
「環境が違っても人次第で何とかなる」から環境の差はメリットで無いかのような表現がありましたので、だったら大学にいっても行かなくても上のような人なら、その人次第でなんとかなるから、「人次第」って言い出したらきりがないよな・・・という話です。
人次第といってしまうと、1億人で1人だけ達成可能なことでも「人次第」で達成可能ですから、日本語を1週間で覚えるも人次第で可能です。
・・・と言い出すとキリがありませんよね?だから「本人次第でどうでもなる」というと全部が無意味になってしまいます。
>つまり、元の質問に戻ると、「地方の国立大学を蹴って東京の
>私立大学へ通うのは、東京の企業を受ける心構えがみにつき
>やすいから」でよろしいですか?
で、元の質問ですが、違います。
それもメリットの1つということです。「東京の私立大学のメリットは○○」なんて簡単に全てを言い切れるものではありません。
人によっていろいろなメリットがあります。人脈だったり、地元という狭い世界から世界を広げることだったり、都心の空気に触れることだったり、やはり学部の差だったり・・・。そして、同じモノを得ても人によってその価値は異なります。私などと違って文才のあるものが書けば、この点について本1冊分は書けるでしょう。
質問者様のようにそれにメリットを感じない人はいいのです。ただ、メリットを感じる人は感じる。それだけの差です。
投稿日時 - 2008-09-09 22:18:49
お礼
回答ありがとうございます。
結局「自分次第」というのは、天才的な人間ならば環境は関係ない、という意味の言葉だったのを私が取り違えていたようです。
私は片田舎のものなので、東京という環境が学生にとっていかに有益であるかを知らなかったようです。私のように無知であるがゆえに、学費だけに目が向いて、安易に地方の国立大学を選んでしまう学生も多いのでしょうね。
なんだか見識の浅さを露呈してしまい、恥ずかしい限りです。
投稿日時 - 2008-09-10 19:51:06
その人間の価値観だと思います。東京は江戸ですから歴史がたくさんあり、あの狭い土地にうじゃうじゃ人がいるのは、何か魅力があるのでしょう。私大に関していえば、偏差値の高い大学であるなら行く意味は大ありだと思います。が、低い大学なら地元の国立大の方がお利口です。
卒業してからの事をかんがえれば余計でしょうね!
投稿日時 - 2008-09-09 14:48:11
お礼
回答ありがとうございます。
やはり東京という場所は、学生にとって魅力なのでしょうか。ここの書き込みをみると、東京という街がいかに田舎に比べて利点が多いかを学びます。
投稿日時 - 2008-09-10 19:45:06
首都圏ではない国立大学の教員です。
「東京の私立大学に行く意味はあるのか」との問いですが、「ある」と思います。もちろん、だからと言って二律背反ではありません。地元の国立大学進学にも、東京の私立に進学するのとは異なるメリットがあるのは確かで、要は、人によってどちらに重きを置くかの差でしか無いと思います。
「就職などについては立地に関係なく本人次第でどうでもなるらしい」とおっしゃいますが、本気でそう思いますか?大手企業の多くは首都圏で就職関連のイベント・セミナーを開きます。地方の大学生は、飛行機や新幹線を使ってそれに参加するんですよ。私自身は東京の大学を出ていますが、東京の大学では、Suicaでふらっと参加できるんです。就職活動は場数が重要です。この地の利の差は非常に大きいと思います。
もちろん、地方の国立は一定の質を保っている一方で、東京の私立はピンキリですから、私立を十把一絡げで「どっちが就職が良いか」とは評価できないでしょうが、、ただ、東京の大学に地の利があるのは確かです。
ただし、地の利だけが就職を左右する訳ではありません。理系にしてみれば、私立に進むより、国立に進んだ方が、ほぼ例外なく環境が良いでしょうし、国立大学は少人数教育ですので、密な指導を受けられると思います。
ひとつだけ質問者様が勘違いしていると思うのは「学費を埋めるメリット」を考えている事だと思います。これは完全に親の視点です。子供は少なくとも生まれてから高校生までは、家の貯蓄や収入についてたとえ知っていたとしても理解はできないと思います。私立の学費が高いのは知っていても、国立との差の意味を正確に把握できるとは思いません。ようは、どーにかしてスポンサー(=親)にYesと言わせるか、それだけだと思います。別に、理屈で東京を目指している訳じゃなく、憧れだけだと思います。
投稿日時 - 2008-09-09 11:44:00
お礼
回答ありがとうございます。
地方の大学でも就職活動時にマンスリーアパート等を借りてはやめに動いておけば問題ないとの書き込みが随所に見られたものですから、それを信じていましたが、そうではないようですね。
東京を目指すのは憧れですか。ようは親が子供の意見を聞いてお金を出せるかどうかなんでしょうかね。
投稿日時 - 2008-09-10 19:42:33
No.7です。
>また、大学でしか学べないことは確かにあるとは思います。
そんなことは無いですよ。
一応、それなりの大学を出ていますが大学で無いと学べないことなどほとんどありません。
理系の機材についても企業に就職してそこで使うことはできます。実際にそういう人はいます。高卒で就職して、工場などで叩き上げで出世して、理系の研究的なことをやっている人はいます。大学院卒の人などと一緒に研究しています。
論文作成や議論についても、大学だとやり易いですが、大学でなければならない必然性はありません。事実、大卒でなく論文を作成し、議論する場など大学の外にあります。
もちろん、大学に行かずに上のようなことをやるにはいくつかのハードルがあります。ただ、その不利を乗り越えて実現できるかできないかは「人次第」です。
・・・というように「人次第」という単語を持ち出すと、結局ほとんどの条件はどうでもよくなってしまいます。
ということで「必要性」ではなく・・・という話に戻りますと:
就活試験での選考の有利不利というよりは、そこまでの過程の差です。就職活動の試験を受けて選考時点まで進んでしまえば、それ程差はありません。しかし、そこに到達するまでの難易度に差があります。
大学受験時は、同じ東京の企業を受けようとしていても、地元国立に進んでしまうとその意志が折れてしまう(変ってしまう)可能性はあります。地元国立大学なら地元では十分上位の企業に入れるわけで、その居心地のよさに惹かれてしまうことは十分あり得ます。別にこれは悪いことではありませんが・・・。そこで、東京の企業に行くと思うにはある程度その人の信念が要求されるわけです。
その点、東京の大学にいると、周りも東京の企業に就職するつもりの人が多いので、自然と周りと付き合っていれば、そのまま東京の企業を受ける心構えになりやすい。特別な意識は地元大学ほどは要求されないでしょう。
もちろん、上のことは個人の信念や行動によって覆せるので、東京の大学に行く「必要」はありません。ただ、東京の大学にいれば、東京の企業を受ける際には、それまでの過程で労せずにそういう環境が整えられており、それを意識せず労力をさかずに利用できます。
そういう意味で、その環境は「必要ではない」が、利用できるという「利用可能性」で選択すると考えてはいかがと書かせていただきました。
投稿日時 - 2008-09-08 23:30:52
お礼
回答ありがとうございます。
私自身法学部を出ていますし、中には独学で学んだ範囲もあります。ですが、正直言って法律を独学で学ぶのは地図を持たずに目的地へ行くようなもので、教授などの教鞭をふるっていただける方がいないと習得への難易度ははるか違うと感じました。
また、理系学部の実験や研究は企業でできるとの話がありましたが、企業は営利団体であり、利益の追求を求めた機能共同体です。大学での学問には社会的利益を直接的には生み出さないものもあります。たとえば、理学部の物理学科の量子学や理学部数学化の実際の現象とは結びつかない方程式。これらを企業で十分に学べますか?また、私の知る限りでは、現場のたたき上げから研究職へ向かう方の大半は大学で習う基礎的な原理を知らないために、一度夜間などの大学へ通った経験があります。決められた作業の原理を理解して仕事をこなす分には現業でも学べますが、何かを生み出すとなるとそれ以外の、すなわち企業へ直接的な利益を生み出さない知識も必要になるからだと私は考えていたのですが、そうでもないのでしょうか?
「利用可能性」の説明ありがとうございました。つまり、元の質問に戻ると、「地方の国立大学を蹴って東京の私立大学へ通うのは、東京の企業を受ける心構えがみにつきやすいから」でよろしいですか?私としてはそのことだけに数百万の資金を投じるのは投資としてどうかと思いますが、そこは各人の価値観なのでしょうね。
投稿日時 - 2008-09-09 00:33:11