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体罰

noname#64696の回答

noname#64696
noname#64696
回答No.12

#10です。 #10で書いていた時には当時を思い出して熱くなってしまいましたが、#11さんがおっしゃる様に「一部」を抜き取ってその事だけを主張するのは無理がありますよね。。。 しかし一般人には現場の実態なんていうものは「色々な場合がある」という認識しか出来なくて、結局は偏っていても報道に頼るしかない部分もありますね。。。 まあ、モンスターペアレンツなんてどうしようも無い人達と思いますけれど、そうした今の大人を作ったのも当時の学校教育だとも思うんですよね。 結局私は学校教育に大きな問題があると思います。 いくら良い先生がいても学校の方針に逆らえない事がほとんどだと思いますし。 これも報道からですけれど、「いじめ」で自殺した子供の日誌を隠して、匿名の内部告発があるまで頑として「いじめ」の存在を否定してきた学校がありましたね。 あれは学校ぐるみの「隠蔽」ですよね。「犯罪」ですよ。 担任教師などは相談を受けていたし、クラス中の生徒が知っていた。 どういった圧力があるのか分かりませんが、そうした事実をその学校の教師の誰一人としてキチンと事実を明かさない事は信じ難いですね。 「良い先生もいらっしゃる」というかすかな希望も摘まれるものですよ。 いくら上から圧力があったとしても、皆さんがおっしゃる様な昔の「良い先生」はとりあえずその学校には居ないという事ですよね。 教師は30人くらいいるのでしょうか? その教師30人全員の中に「良い教師」が一人も居なかったという事ですよね。どうみても。 保身の気持ちはあるかもしれませんけれど、生徒が自殺した事以上に守らなければならない事なんてありませんからね。 「モンスターペアレンツ」同様、「異常」ですよ。 「モンスターペアレンツ」どころじゃ無いですけどね。。。 その学校だけが特別だったとは思えないですよね。 生徒が自殺してもみんなで口裏を合わせて「黙殺」できる教師、学校。 その生徒の日誌は行方不明。 その学校だけというのはあり得ない。 何かあると必ず「自殺といじめの関連性は確認出来ません。」という記者会見ばかり。 これも報道の偏りでしょうか? 海外の教育がそうした「問題」も含めてどうなっているのか興味のあるところですが、こちらは日本よりも情報が少ないですね。 しかし先日カナダのある学校での「いじめ対策プログラム」の様子をドキュメントで観ました。 そこでは教師の他にもう一人資格を持った「生徒」と「教師」双方を監視、教育する「指導者」がクラスに居ます。 生徒に対しては実践的な「もしイジメを見つけたらどうすれば良いか」などのシミュレーションや指導を行い、教師に対しては子供達に対しての接し方のアドバイスをします。 そうした学校全体のプログラムで、休み時間中に教師も一緒に混じって、何か影で良くない芽が生まれていないかを観察したりという事が行われています。 実際その時イジメにあっていた少年がおり、急遽プログラムの授業が行われ、問題を解決していきました。 こうした例は一部であり、上手く行ったものを取り上げたものです。 しかし日本の現場がどうだと考えると、こうした実践的な対策を考えてもいないのが現状だと思えるんですよね。 各国それぞれ問題はあるでしょうけれど、こうした実際の動きが見られる所と、日本の教育現場の違いは歴然としている様に見えますね。 これは偏見も混じってしまうかもしれませんが、北欧やカナダといった国の教育にはまだ、「人間性を豊かにする」思想があり、日本ではそうした観点の「教育」がどれ程あるのかが疑わしいと思いますね。 今回のテーマである「手を上げる教師」はやっぱり反対ですね。 日本の古くからの軍隊的統率法の「なごり」であり、「子供」という存在への曲がった指導の仕方と思います。 「愛のムチ」とか「怒れる大人が居なくなった」とか「熱血指導」みたいなものがもう記号の様に聞かれますけれど、それは「教育」という観点よりも、男性社会というものの「家」に於ける「家長」を絶対とした「統率法」だと思いますね。 ですから「殴られても良い思い出だ」というのはそうした社会という「家」に於いて殴られて「刷り込まれた価値観」だと思います。 本当の牽引力が無いから殴る。「黙っていろ」というものでしか無いですね。 そうした父親を後に振り返ってみて、変に「弱い部分」「人間臭い部分」なんていうものをちょっと見たりすると、感傷的に「ああいう厳しく不器用な人だったが、芯は通っていた。」なんて肯定したくなるという構図ですよね。 「日本」というイメージの間違った「刷り込み」だと思います。 「過ぎれば良い思い出」というだけで、それが正しいものかは「教育」として深く考えないのではないでしょうか。 私がお世話になった本当に良い先生方は生徒が散々暴れていても、手を上げる事はありませんでした。それこそ全身で向かい合っていましたけれど、「暴力」を良しとはしませんでした。 私はその先生方を今でも尊敬しています。 当時の不良達もきっとそうだと思います。 これもイメージでしかありませんが、北欧等の「社会システム」が成熟した所では「体罰」が子供にとって「良い影響」があるなんていう考えも、実際の行為も無い様に思えます。 「子供」に対しての考え方に差が有ると思いますね。 アメリカのある学校では生徒の投票で先生が降ろされるらしいですから。 この、犯罪を犯してもしゃあしゃあとしている「日本の教育、組織」こそ一番の問題と思いますよ。 「子供」という存在に対しての認識が戦中、戦後のものと変わっていない様に感じます。

meiko4678
質問者

お礼

再度の回答ありがとうございました!  #10さんの意見は、色々と考えさせられる事が多くあり、感謝いたします。重ねてありがとうございました。

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