解決済みの質問
公共の場所ではいつも感じる事ですね。
たとえば登山者とゴミの問題とか図書館や病院での子供連れの騒音の問題とか。
人間は社会の中で生きているのですから、当然ながら制約の無い自由などという物は存在しません。
『自分の自由』と『他人の自由』が常に摩擦を起こさずに共存する『責任』があるのです。
例えて言うなら満員電車の中で前や横に手を伸ばしたら他の乗客が迷惑しますが、上に伸ばしたらほとんど迷惑にはならないですよね。
このように自由にも『方向』があると思うのです。
思いっきり何でもできる『方向』と、やりたいようにやると人や社会に迷惑や損失が発生する『方向』ということです。
プライベートな時間にどんなに変わったファッションをしていても全く自由ですが、芸術家でもない限り仕事中はそういう訳にはいきません。
スーツやネクタイなどは自由ですが、当然『制約のある自由』です。
登山者はどんなにたくさんの荷物を背負って登っても自由ですが、山にゴミを捨てないとかゴミを持って下山するとかの『自然を保護する責任』もセットになった『自由』です。
若者に限らず『自由』を全て『制約の無い自由』と履き違えた人はどの年台にもいます。
そういう人を見て見ぬフリをするのではなく、敢然と注意するのも社会人としての『責任』かもしれません。
僕自身も『自由の方向』を間違えることなく、己の『責任』を感じつつ生きて行きたいと思います。
というような話なんてどうでしょうか?(笑)
思い付きですので全く『責任』は持てません、あしからず!(笑)
投稿日時 - 2002-04-16 21:40:24
お礼
大変参考になりました!
“『自分の自由』と『他人の自由』が常に摩擦を起こさずに共存する『責任』があるのです”・・・なるほどなぁって感じです。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2002-04-22 22:04:20
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ベストアンサー以外の回答(5件中 1~5件目)
だれの言葉でしたっけ・・・歴代米国大統領の誰かだったと思うのですが・・・
「自由には責任が伴う、権利には義務が伴う」
実に深い言葉です・・・
最近、考える事が多くなりました。
「果たして、自分は実践出来ているのか・・・?」と・・・
何かを選択する時、「選択する自由はあるが、責任は?義務は果たしているか・・・?」
と、自問自答する機会が多くなりました。
そういう事とは、対極にいる人間だったはずなのに・・・
最近、真面目にこの言葉を「座右の銘」にしてみようか?と、考えています・・・
(イバラの道になりそうですが・・・)
自分の事を棚に上げてでも、言ってみたら如何ですか?
「自由には責任が伴う、権利には義務が伴う・・・我々は果たして実践出来ているか・・・?」
改めて、聞いても良い言葉だと思います。
投稿日時 - 2002-04-17 21:14:09
私の場合、海外旅行に出て、誰にも連絡先を教えないときに感じます。
私の考えでは、自由というのは、食べるものがたくさんあって、好きなだけ食べられるということだと思います。
責任というのは、食べるものがあまり無くても、自分は食べずに他の人(たとえば自分の子供)に与えなければならないということだと思います。
極端な意見だとは思いますが、自らを捨ててまで生きて欲しい誰かや、守りたい物のために行動することが責任といえるのではないでしょうか。
でも、これで話をするには、短すぎて参考にならないですね。(無責任な発言をお許し下さい。)
投稿日時 - 2002-04-16 23:44:34