占いってどの程度信用できるものなんでしょうか?(1/3)

締切り済みの質問

占いってどの程度信用できるものなんでしょうか?

私は占いというものを、あんまり信用していないんですが、実際のところはどうなんでしょうか?
占いの種類にもよると思いますが、みなさんのご意見をお聞かせください。

投稿日時 - 2000-09-15 19:11:04

QNo.8664

moz

暇なときに回答ください

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回答(12件中 1~5件目)

ANo.12

 占と言う言葉を科学と言う言葉で置き換えて見ましょう。

 科学とはどれくらい当たるもんかと?

 よく考えてみると全く同義語ではないかと思われるほどです。ともに進歩したり退化したりします。共に事物の予測を本領とします。ニュートン力学と相対性理論はどっちが正しいのでしょうか?もっと正しい理論はあるのでしょうか。そうだとしたら前の理論は間違いなのでしょうか。キャベツが健康に良いと言うのは本当でしょうか。でも最近有機野菜に発癌物質が発見されたと言うのは本当でしょうか。癌予防に効くといって、数千種類の物質が数えられましたが、それとほぼ同数の発癌物質が同じ植物から検出されています。何を信じたらいいのでしょうか?
 これらは他の多くの相矛盾した意見とともに一流の科学者たちがそれぞれ別個に提出したものです。

 あなたの疑問は当然だし、健全なものです。今のところ完全なものは何一つないのです。矛盾するものは排除しあるいは改善しなければなりません。その意味で科学も占も同じです。事実、古代にあっては占も科学であったのです。いくつかのものは以前にはもっと優れていたのですが、今はかなり堕落しており。あるものはわずかに進歩していて、あるものは未だに退化しつづけています。

 今の科学は時空の性質について完璧に説明していません。あなたがさいころを投げるとき出た目は偶然なのでしょうか。それとも必然なのでしょうか。若し床下に細菌のような小人がいてあなたの手の動きを最新の電波望遠鏡で観測していたら、その目を予測できないでしょうか?
 もし、あなたが宇宙をまたぐような巨人だったとしたら、惑星の動きを必然とみなすことが出きるでしょうか。
 是くらいにしておきましょう。

追記:
 fuwaさん、そんな話があったとは知りませんでした。とても興味深い逸話です。私も易を好みますが、今の易経は三種類くらいの違った系統の易が入っていると考えております。その証拠はタン傳と経文が全然一致してないからです。それがかえって易を進歩させた理由かもしれませんが、その話はまたの機会に致しましょう。

投稿日時 - 2002-07-12 10:05:16

ANo.11

私は易を覚えて十年になりますが、常に占いにはお世話になっています。それが無かったら今ごろどうなっていたかと思うと今では信じざるをえません。

参考までに申し上げますが、第二次世界大戦終戦時に、一時日本はアメリカに占領されました。その時、アメリカ、中国、ソ連、イギリス等の国が日本を四分割して統治しようとしたのはご存知だと思いますが、その時に中国の蒋介石が反対しました。その結果、日本の植民地化は免れたました。その時蒋介石がなぜ反対したかということですが、それが易占によるのです。具体的にどのような卦が出たかということまでは調べていませんが、あの時の蒋介石の易占が無かったら今の日本は無かったでしょう。恐らく彼は世界一の軍国主義国日本の為と、世界の為に占筮をしたのでしょう。
この話は当時の陸軍士官学校に在籍の人から聞きましたので間違いないでしょう。
つまり、現代に生きる日本人はこのときの蒋介石の易占おかげで、平和を謳歌できてきたわけです。

現代人の殆どが占いに対して、当たる、当たらないという単純な考えかたで望んでいますが、そんなに簡単なものではありません。特に私の信じているのは「易」なのですが、”当たる””当たらない”ということよりもちょっと先のことを事前に教えてくれるものだと思っています。
必ず物事には兆しがあり、雨が降る前には雲が広がるというように、その兆しがあるわけです。
例えば、人と合うときなどは良き出会いであるか、悪き出会いであるか。
旅行に行くときなどは、危険が潜んでいないかなど・・・・。
私自身は結構救われています。

しかしながら、誰か人に頼んで見てもらうとか、占い専門の人に見てもらう類のことは禁物です。自分で勉強して占いを操るべきです。そうしないと占いに操られる狭い人生になってしまいます。
自分の人生はこう決まっているとか。
何歳で私はこうなる、とかいうことは私の経験上、決まっていないからです。昔の中国の為政者や聖者は自分で占筮を立て、自分で物事を操りました。人に頼って自分の人生を見てもらうのなら信じない方がいいと考えます。(お金もかかりますしね。)

私は易を勉強してみて、人生というのは決まったものでなく、ある程度幅のあるものだと思います。つまり善因善果、悪因悪果で究極は占いで決まるものではなくて、占いは生き方のヒントを与えてくれるものだと思います。その通り生きるか、そうでないかは自分次第です。
でも、ある程度先のことを教えてくれるので、知らないより知っていた方が得でしょうね。

まことに僭越ながら、愚考を述べさせていただきました。

投稿日時 - 2001-09-29 21:46:52

ANo.10

usuiさんの意見は正しいと思います。でも、人間みんなそんなに強くないです。そこで、ちょっとした占いでみんな気分を和らげているんではないですか?私は、占いが好きでよくやりますけど、あたるも八卦あたらぬも八卦という言葉はなかなかあっているようにかんじます。ちなみに、今私が良くやる占いはこれです。

参考URL:http://tarro.cplaza.ne.jp/taro2/

投稿日時 - 2001-08-29 05:42:35

ANo.9

占いや予言を信じていると、その人の人生は狭いものになると
思いませんか?

人の人生は、バラ色であったり、イバラの道だったりするから、生きがいがあるのです。

心を切り替える為の占いか、物事にすがる為の占いか、
良く考えましょう・・。

確信をもって言える事は、私事での占いには、幸福の女神
は微笑まないでしょう・・・

投稿日時 - 2000-10-20 21:04:56

ANo.8

私は全く信用しない派です。
まず性質判断系
これは何を言っても当たりますよ。
人間ってのは常にあらゆる状況でいつも
同じであることの方が珍しいです。
例えば男にはやさしくても女にはつめたいとか
会社ではおとなしいけど、親しい友人に囲まれていると
ちょっと陽気とか。
貴方はこれこれこういう面がありますね
といわれた時に、言われた方はあーそう言えば
あーゆー時には確かにそうだよなぁってなります。
まどうでも良い話です(笑)

予言系
これは予言の自己成就ですね。
同様に人間一般について話ますが
人間はあらゆる状況での情報を常に100%受信して
解析してる訳ではなく、その殆どは無視してます。
そんなことやってたら脳みそがパンクしますから。
その時に例えばあらかじめ水に気をつけようとか
情報がインプットされていると
水に関するは情報は認識されやすくなり
普段はそんなに意識してないことでも
何でも予言に結び付けてしまいます。
 ♯雨に降られたとか喫茶店でジュースこぼされたとか
 ♯それで当たったことになりますから。
まこれもどうでもよい話です(笑)

で結論としては
それで何かのきっかけになることも
あるでしょうし、それが良い結果を生むことも
あるでしょうから信じる信じないとかではなくて
ちょっと後押ししてくれるもんとして
付き合えば良いと思います。
但しそれは全部自己責任ですから。
事態が悪くなったからと言って占いのセイにする
のはお門違いでしょうねぇ。

投稿日時 - 2000-09-19 19:00:47

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