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質問No.4384215
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就職後の大学院卒(理系)の評価について
私は情報を専攻している修士2年です。
あと半年足らずで卒業ですが、今更大学院へ進学したことについて正しい選択だったのかどうか、分からなくなってきました。

大学院へ行こうと思った理由は、
1):大手に就職しやすい
2):研究開発職に就きやすい
3):学部卒で就職した場合に、同い年の院卒と実力が同等であるにも関わらず、院卒が優遇されることを悔しいと思うに違いないと考えた

の3つの理由からです。特に一番の理由は3)で、研究が好きな訳でもまだ就職したくないという訳でもありませんでした。

来年就職する会社は、高専卒も採用しており、その方々とあまり仕事内容も昇給についても差はない(同じ年の院卒と高専卒で比較した場合ですが)と聞きました。仕事内容については、生産技術系や設計部門などの院卒も高専卒も混じっているような部門では学歴関係なく同じ仕事をしてるということです。私は研究開発職希望で採用されましたが、どこに配属されるかについては、入社してからでないと分かりません。

正直言って、少なくとも同じ年の高専卒と昇給や昇進で同じなのは腑に落ちません。大して変わらないんだったら、学部で卒業しても良かったのではないかと思うようになりました。そういうのが嫌ならば、最初から院卒しか入れない会社に就職するべきだったのかとも思います。
実際このような会社では院卒はどのようなメリットがあるのでしょうか?
また、役職に就くような年頃になれば、大学院まで出ていて良かったと思える日が来るのでしょうか?皆様の意見をお願いします。
投稿日時 - 2008-10-07 16:32:02

回答 (8)

回答No.8
今日は cyoi-obakaです。

三十数年前に、工科系(建築学)の大学院を修了した者です。
あまりに昔の事?で、昨今の社会情勢とは、比較にならないのかもしれませんが? 
チョットだけ、私の経験を話させて下さいネ!

その当時、私が大学院を目指した理由は、あなたの理由1)、2)、3)のどれでもありませんでした。
とてもシンプルなもので、「学部の4年間では、何か不足というか?不満というか?」 そんな気持ちが支配的だったように記憶しています。
私は、中学生の作文で、「将来は建物の設計をする人になる!」と書いていました(父がその作文を保管していまして、今は私の手元にあります)。
某大学の建築科に入学した時は、「やっとスタートラインに付けた!」と思いました。そして、4年間(専門分野の授業は2年間)過ぎた時、「この程度の知識で、社会に出て何が出来るか?」不安になったんです。
それで、大学院に進んだのですが、忙しい日々でしたが、楽しかったと思い出されます。

さて、就職ですが、
建築の実務分野は学歴より、国家資格(一級建築士資格)の方が上位ですから、先ずは資格取得を目指しました。
幸いにも、大学院を修了した年に一級建築士を取得できましたから、翌年の春からは、設計士としてヨチヨチ歩きを始めました。
でも、実社会は厳しかったですヨ! 
その当時では、高学歴で高資格取得者であったのですが、実務経験が圧倒的に不足していました。
例えば、建築の専門用語が理解できない! とか、細部の納まりが判らない! とか………もう、判らない事ばかりで、『?な設計士』でした。
バカな事を言ってたと、今では恥ずかしい限りです!
当時は、自分の足りない部分を補うために、現場に行っては職人さんに、いろいろ質問したものでした。
結局、学歴や資格がその人の評価になるのでは無く、『何が出来るか?何を知っているか?』であり、且つそれらを『如何に表現できるか?』であると思いましたね。
実社会は、学歴をぶら下げているだけでは、誰も評価しないのです。
逆に、高学歴や高資格を持っていると、『出来て当たり前!』と見られてますから、そのプレッシャーは重たい物ですよ!
それを撥ね除けた時、きっと正当な評価を得られるようになる筈です!

大学院卒は、実社会では何のメリットもないでしょうね! 特に、人格評価の上ではネ………

ただし、これだけは忘れないで下さい。
研究者に成らずに、実社会に出るのでしたら、あなたが大学院で経験した種々の事が、いつの日か役に立つ事がある筈です。
それが専門分野外かもしれません! いや、専門分野外の方が多いかもしれません!
あなたにとっての大学院生活は、絶対に『下ろせない貯金』になっているのです(そうでなければ、大学院に在籍した意味がないのです)。
ただ、今はまだ気が付かないだけです。
目先の事に拘っていては、目標を見失いますヨ!
大学院で『事は長いスパンで考え、今を判断する!』とか『物は平面的に見るのでは無く、立体的に見る!』と教えられませんでしたか? 私はその様に教授されたと思っていますが………!

最後に、
あなたが「大学院まで出ていて良かった」と思うのでは無く、あなたに接した人達が「私も大学院に行ってみたい!」と思ってくれるような人物にあなたがなる事ではないですか?

以上、年取った先輩の意見です。参考にはならないかもしれませんが、こんな考え方をしている者もいる事を知っておいて頂きたい。

 
投稿日時 - 2008-10-20 20:21:33
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回答No.7
なんか、うちの会社に就職されるのかななんて思う文面ですね(笑)
私は修士で就職して現在30歳、同期内で昇進が遅れているわけではありませんが、高専卒の6年先輩(同い年)でまだ追い越せていない人が居ます。
でも、その先輩が6年という期間を一所懸命頑張ってきたからなのです。
そこに学歴は関係ありませんが、その先輩自身は学歴コンプレックスがあるようです。
修士という学位に意味はありませんが、そこで得てきた経験には意味があります。遊んでいたのなら、本当に無意味です。

他の方も書かれていますが、学歴だけで給料が決まるなんて不健全です。
公務員とか、旧公社は未だにそんな風潮があるみたいですが。
旧公社の子会社では未だに、旧帝大卒ならどんな馬鹿でも部長になれるそうです。
・・・仕事やる気もなくなりますよね。
投稿日時 - 2008-10-14 22:41:47
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回答No.6
 工学系大学教員です。

>同じ年の高専卒と昇給や昇進で同じ
という会社もあるんですね。むしろ意外です。分野によって違いがあるのかも知れませんが、私の分野では考えられません。

 私の研究室の卒業生(もちろん複数)は、「大学院を出ていないと肩身が狭い」「正直言って、大学院を出ていない者は使い物にならない」と言っています。その業種は、通常、高専卒・大卒・大学院卒を取っていますが、入社時点で、すでに高専卒と大卒・大学院卒で仕事の内容が違います。学部卒と大学院卒では、入社時点では2年分の給料の違いがありますが、他は同じスタートラインです。ただし、その後は実力次第で、相当な違いが出てきます。

 問題は、この実力で、
>同い年の院卒と実力が同等であるにも関わらず、院卒が優遇される
ということは、基本的にはあり得ないようです。重要なことは、「大学院を出ているのだから、相応の実力が伴っているはず」ということでしょうか。
 言い換えると、私の分野でも、大学院だから、というだけの理由で院卒を優遇しているのではなく、院卒は、院卒にふさわしい(学部卒にはない)実力を備えていると考えられているから優遇されていることになります。
 私の所の大学院(修士)卒業生でも、無理に大学院まで行ったものの、実力的には??という学生もいました。彼は、入社後、まもなく閑職~ではなく、院卒でなくても務まる職種に配転になっています。やはり、という印象です。

 質問者様の文面では、まず、(1)本当に院卒という実力を生かせる職種を選んだのか、(2)少々辛口になりますが、院卒にふさわしい実力を身につけることができたか、この2点が気になります。
投稿日時 - 2008-10-12 14:51:40
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回答No.5
>学部卒で就職した場合に、同い年の院卒と実力が同等であるにも関わらず、院卒が優遇されることを悔しいと思うに違いないと考えた

実力が同等であるにも関わらず、というのは重要ですよね。
実力が同等なのに処遇が悪いのは辛いものです。同じように、自分より実力がある人なら年齢、経歴に関係なく尊敬出来ますよね。院卒を低く扱う会社で無いのなら、実力次第、頑張る気力が湧いてくるものです。

少し気がかりなのは、大学院2年間を後悔されているようですが(学問に限らず)そこで学んで身につけたことは自分の中で重要な部分にはなっていないのですか?2年間の思いがあるなら、それは人生に必ず影響すると思います。
投稿日時 - 2008-10-11 07:52:23
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回答No.4
質問者さんの問われていることは、換言すれば学歴におけるメリットシステムの問題ですね。
ご存じかも知れませんが、メリットシステムとは、たとえば、国家公務員の区分のI種試験に合格して公務員になった人を昇進・俸給等で優遇する人事システムをメリットシステムと言います。

メリットシステムの利点としては、優秀な(と期待される)人材を集め易い点があります。
しかし、欠点としては硬直的にメリットシステムを適用した場合には、資格なり学歴は必ずしも見栄えするものではないが、実際の職業能力に秀でている人材のモチベーションや努力を削ぐことになるため、組織の活力が失われます。
また、資格なり学歴は立派でも無能な人間を組織の枢要な地位につけてしまう恐れもあります。

悪い例が、先に挙げた公務員制度です。
官公庁の様に親方日の丸でつぶれない組織はそれでも存続し得ますが、民間企業などで余りに硬直的なメリットシステムを取った場合には衰亡の道を歩くことになります。学閥などもそういう面があると思います。
私企業は、結局のところ利益を出すのが最大の目的ですから、実力もないのに修士あるいは博士だからということで高い給与や職位を与えないのは、むしろ当然の論理ではないかと思います。

最終的には実力がものを云います。実力の世界では、学位などはただの紙っぺらに過ぎません。
世界的建築家の安藤忠雄の実力の前には学歴など何の意味もなさないのが象徴的です。
私にも博士の学位がありますが、ただそれだけで評価されようなどと考えたこともありません(博士などは世の中には大勢いますから、私などはその一人に過ぎません)。
それに、実力で評価された方が名誉なことです。

だからといって、大学院での教育・研究が無意味かというとそうではないと思います。
企業の側からは、大学院で学んだ専門知識をもつ人材を活用することは合理的ですし、また採用された人にとっても相互に良いことです。高度な研究開発や法務・財務などの専門性の高い職種などは、それに相応しいと思いますが、必ずしも大学院修了者の専門性が生かされていない面もあります。企業・個人ともそれぞれ問題はあるのでしょう。

一方、大学院で学んだ専門性が役立つ様な職種ではない場合には、双方にとって必ずしも良いとは云えないでしょう。
極端な話、医学部・医学系研究科を経て医師免許・博士号を取得した人がいるとして、その人が医学知識を生かすことが出来ない様な投資銀行なりに就職した場合、その学識は投資銀行の業務遂行上、意味をなさないのと同じです。

要するに、大学で学んだことをどう生かすかということです。
質問者さんが、大学院修了による恩恵を受けたいのであれば、専門能力を生かせる職種・職場を選ぶべきだと思います。

実力の裏付け無しに、学歴のみによる恩恵を受けようなどと思わずに、大学院で身につけた専門性を武器にして実力で勝負して地位や収入を獲得しようと努力するのが健全な考え方であり、健全な生き方ではないでしょうか。
そして、質問者さんを含めて学歴主義などという悪しきところに逃げ道を探す様なことをして欲しくないのです。

質問者さんはお若くこれからの人ですので、未だ働く前からその様な後ろ向きな考えはせずに、努力して活躍される様、頑張ってください。
投稿日時 - 2008-10-10 00:34:50
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