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回答(4件中 1~4件目)
守護大名の家臣はその地方の豪族・国人であり守護大名は家臣の内部まで支配権が及んでいないですね。家臣自体も寄親・寄子で構成され複雑であると思います。戦国大名になると家臣は大名、重臣、その他の家臣と階層化され、大名の命令が下々まで及んでいると思います。また家臣も自分の家臣を持ち強い命令権が生じているように感じます。
武田家などはまだ、守護大名的であり、寄親・寄子制度が最後まで残っていました。江戸時代の与力、同心などもこの制度の変形なのかもと感じます。江戸時代の大名の重臣たちの出自がもともとその大名の家臣じゃなく大名に与力していた者を吸収し家臣化していると思われるものもおります。
この辺は詳しく勉強したわけではないためイメージだけで申し訳ないです。
投稿日時 - 2007-02-24 01:24:14