• 締切済み

父(52)が余命を宣告されました。

spaceshinnの回答

回答No.3

余命三カ月から半年を宣告されたとしても根治を目指して行なう治療法はあります。 病院は治療をあきらめたのですから、病院に頼ることはできません。血管内治療を考える段階は過ぎました。退院するか緩和病棟にお移りになってください。 これからのことで最も大事なことは、患者さんになってしまわれたお父さまのお気持ちです。(私たちは必ず肉体の死を迎える宿命を帯びているからです。) 「まだまだ死にたくない。やることがある。」と思っておられるのか、「もう諦めた。疲れた。できるだけ苦しまずに死にたい。」と思ってしまっているか、どちらでしょうか。 もし前者ならまだ見込みがあります。後者でしたら、あなたがまだまだ生きなければいけない「生きる目的」に気づかせて「生きたい!」と思わせてください。 では、生きる目的がハッキリしたら、どのように治して行くべきかを決めましょう。 ここでは、詳細を話すことが禁じられています。また、治療法開発者を守ることも私の使命ですので、一般論で書かせていただきます。 方法はいくつかあり、単独または組み合わせて行なうことになります。 問題は、患者さんの性格と費用負担能力です。 がん患者さんは医大の調査でも明らかですが、概して頑固で人の意見を聞かない傾向があるようです。あなたのお父さまは、あなたの意見を素直に聞いてくださるでしょうか。 あなたの意見を素直に聞き入れてくださる父親ならば十分見込みはあります。 また、患者さんの家庭ごとに経済力が異なるため、治療にかけられる資金によって選択肢に限りがあることも現実としてあります。その意味では、世の中は不公平です。 それでも、がん治療の場合は費用をかけたからと言って必ずしも成果が正比例するものではありません。性格や生活環境が大きく影響します。 方法その1(費用はほぼゼロ) お父さまの意識が変わること。脳波が4ヘルツ以下に自在に下げられるようになると奇跡と思われるようなことが起こり始めて、がん細胞も消えて行くでしょう。 並行して、食事療法を採り入れることで早期の快復が期待できます。 方法その2(特異なサプリ採用) 肉体は、微生物や酵素などの働きによって精緻なバランスが保たれ健康体が維持されていますから、そのバランスが崩れた状態の病気を元に戻すために腸内環境や神経系統の健全化を図ることを積極的に行うことで、快復をめざします。が、少し時間を要するため間に合わない場合でも、痛みの緩和など少なくとも苦しまずに旅立っていただくことが可能となります。 摂り入れるよりもデトックスが先です。特異なサプリでそぎ落としながら免疫力を高めて健康を取り戻すことが今求められています。手段のひとつです。 方法その3(電子の力で修復) 細胞は常に一定の周波数で振動をしています。その周波数に乗せて電子を供給することで目に見えない患部までも修復する方法があります。がん細胞特有の振動数に共振させて、がん細胞を破壊してしまおうとするものです。温熱療法にも通じます。正常細胞を傷めずにがん細胞を取り除くことが可能となります。 血液の中にはソマチッドと呼ばれる電子を餌とする微生物のような不思議なものが存在し、病気になった人のソマチッドは電子不足の状態にあるそうです。電子を供給する意義のひとつがここにもあります。 方法その4(寄生虫の駆除・低廉) がん細胞増殖原因説のひとつに寄生虫説があります。がん患者さんの肝臓にはしばしば居てはならない寄生虫がいるそうです。腸内にいる分にはそれほど悪さをしないのですが、何かのきっかけで移動することで、がんなどの病気を起こしているのだそうで、この寄生虫を駆除することでがん細胞の増殖を止めようとする方法です。一緒にがんウイルス説をも解決してしまう方法があります。 遺伝子変異説も原因ではなく結果だとする考え方もあります。 がんの原因はまだ確定していません。考えられる方法を行なっていくしかないのです。焦るでしょうが、お父さまに合った治療法を実践して快復をさせましょう。 腹の底から笑うだけで免疫力が5倍アップするという調査もあるくらいです。お父さまがゲラゲラお笑いになったのはいつでしょうか。笑わせましょう!

TANAKA1223
質問者

お礼

たくさんのアドバイスをくださり、ありがとうございます。 父は余談ですが、少しでも長く生きたい。 なぜなら来年20歳になる妹の成人式をいっしょにお祝いしたい、 欲を言うのならば妹の大学卒業、 わたしの結婚式にでてバージンロードを歩きたい、と まだまだ生きることに対してすごく希望を持ち、望んでおります。 その気持ちをわたしは少しでも応えたいです。 spaceshinnさんが最後に書いてくださった、ご質問ですが それは大丈夫です、と父が言っております。 本人の心の底にあるほんとうの気持ちはわかりませんが たぶん大丈夫だと思います。 また最初の質問ですが父の性格ですが素直に聞き、 その上でじぶんで判断することができます。 ”頑固”というより”柔軟性に長けている”父です。 また経済力ですがそれなりにあると(娘のわたしが言うのもおかしいですが)思います。 そのため、様々な治療をしたいと父と母は思っております。 血管内治療の段階が遅い、とのことでしたが とある病院の先生を訪ねたところ 「肝臓のガンを血管内治療しましょう。このまま肝臓を放置すれば肝不全になります」 と言われたそうです。 なので3月から肝臓の血管内治療を行っていくつもりです。 生存率がどのくらいあがるか、 また術後の父本人の体調もどうなるかわかりませんが わたしはいまある少しの希望にかけたいと願う父を応援したいです。 spaceshinnさんが教えてくださった4つの方法をさっそく父と母にも教えました。 母は食事療法を調べて、できることから 日常的に取り入れていくと意気込んでおります。 ほんとうにありがとうございます。 長く、細かく書いていただき、助かりました! がんばります!

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