tacchangooのプロフィール

@tacchangoo tacchangoo
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  • 登録日2009/12/06
  • 不況に参ってます。男で25歳という転職ぎりぎりの年齢で人生かけてみたい

    不況に参ってます。男で25歳という転職ぎりぎりの年齢で人生かけてみたいと思い、先月契約社員を抜け出して退職し正社員を目指して求職していますが、ハローワークの求人ですら、まともに受かりません。製造業の正社員1年とITの契約社員の仕事を3年の職歴で10社ほど受けて受かったのはブラック企業1社のみで、どうしようもありません。25歳は未経験で雇ってくれるギリギリの年代だと思ったのですが、何もできず鬱で死にたくなります。幸い貯金と失業手当てと実家にいるおかげで生活は困りませんが家族に申し訳ない気持ちでいっぱいです。職務経歴書と履歴書は相手の企業の仕事に印象の良いように毎回書きなおしてますが、それでもダメです。もう絶対絶命です、最悪2010年4月から私立の理系の大学に3年次編入を考えています。しかしそれはあくまで最終手段で親も同意してくれてますが私は親に負担をかけたくないのと28歳で大学を出て就職できるのか怖いので早く正社員でつきたいです、もう年明けから就職活動を頑張るべきですかね?もう毎日鬱で事故で死んで私の生命保険のお金が親にいったほうが気が楽になりそうです、もう駄目です。

  • 生」が消費されているとき、「生」が自覚される。

    . 思考実験しました。 自分が、どういうとき、「生きている」という感じを強く持つか? 食事をしているとき。 映画を見ているとき。 Hしているとき。 哲学しているとき。 眠りから覚めたとき。 悩んでいるとき。 ・ ・ etc しかし、その中で、一番強く「生」・「生きている」を激しく感じたのは、 腕に傷をつけて、滴り落ちている血を見つめている時でした。 「生」が消費されていると感じたとき、強烈に「生」が自覚されました。 これは、どういうことでしょう? この、「生」が消費されていく先には「死」が、見えます。 この、「死」の自覚の対極として「生」が強いコントラストで、自覚されたのでしょうか? それとも、「生」が消費されている時、心の深いところで、 生きようとする何かが活動を強めていくからなのでしょうか? (これは、自分の個人的な感じであり、一般的でないかも知れません。  そういう方は、自分が生きていると強く感じるとき、の事でも構いません) ) 皆さんの意見を聞かせてください。 .