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殿様が戦国時代?に遠くの国へ逃亡

  • 質問No.9756059
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お礼率 88% (498/564)

歴史はまったく知らないので変な質問かもしれません。
徳川や織田などの大名の前は各地に小さな国の殿様がいたのでしょうか。
今の愛知県岡崎市にいたそのころの殿様が戦いに敗れ、山口県の山奥まで逃げて身を隠していたなんてことがあるのでしょうか?
殿様にしか付けることが出来ない戒名がついていて、何年かおきに法要が行われていると言っていました。

回答 (全3件)

  • 回答No.3

ベストアンサー率 32% (111/345)

身を隠していた、可能性が有るのは、三河国の守護大名であった、一色氏
だと思いますよ。(一色氏は滅亡してますから)
徳川や織田は守護代名の家来で、力で殿様を押しのけた、言わば、新参者
ですから、殺される事は有っても隠まってくれる事はないでしょう。
尾張国の守護大名は斯波氏です。
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名古屋(尾張国)と岡崎(三河国)は今でも対立関係にあるのをご存知
でしょうか。
他にも対立構造の地域が有ります。
昔々に、税金を取る為に定められた、國分けの影響が未だに有るのです。
  • 回答No.2

ベストアンサー率 30% (6506/21496)

他カテゴリのカテゴリマスター
殿様の定義が曖昧になってしまったのが、戦国時代という時代です。

室町幕府のシステムでは、その国(尾張とか山城とか)の長は「守護」と呼ばれる役割でした。今なら知事だと思っていいです。ただ室町幕府の守護というのは基本的にその地方にいません。京都やその周辺に住んでいて、家柄や血統で守護が代々継がれます。
しかし現地でその地方を支配する人が必要です。この「現地に住んでいる一番偉い人」が「守護代」です。これは一昔前に「助役」と呼ばれる人たちと似ていますね。助役は市役所の職員で一番偉い人です。市長は選挙で入れ替わるけど、市役所の職員は入れ替わらないでしょ。

守護も守護代も代々継がれるものですから、そこに立場の逆転は発生しません。だけど発生してはいけない立場の逆転が発生したのが戦国時代なのです。
守護が権力を失ってしまったので、守護代が事実上の支配者になったパターンが、越後の長尾家です。「上杉謙信」といったほうが早いでしょう。上杉は越後ではなく関東の名字なのですが、それを説明するとややこしいので割愛。
織田信長の織田家は、守護代の家臣の奉行の家です。つまり役所の管理職くらいが県知事までなったのです。
毛利元就は役所から仕事をもらう零細建設会社の社長くらいの立場から5県の県知事を全部引き受けたくらいの出世です。
斎藤道三はただのなんだかよく分からないおじさんから県知事になりました。どちらかというと、ただのチンピラから岐阜県を支配するヤクザの組長になったといったほうがしっくりくるかも。

成り上がる人がいれば、当然没落する人もいます。下剋上が起きた世の中とはいえ、当時の一般常識としては「人間の価値は身分で決まるもの」でした。身分が高い人はそれだけで価値があるのです。今の日本でそれがあるのは皇室の人くらいですね。
で、そんな身分の高い人が没落すると、ツテを辿って誰かの元に身を寄せるのです。どこかの国の大統領とか国王とかが亡命するのと同じです。
流れ流れてまあまあ遠いところに行くという人はたまにいます。室町幕府最後の将軍である足利義昭は、元々その前に将軍になった兄義輝が三好に殺されてしまったので三好から逃げて越前の朝倉義景を頼り、でも義景が京都に出兵する気がないので見切りをつけて織田信長を頼り、信長の力で京都に戻って将軍になり、その信長と対決することになって追放され、広島県に逃れました。

江戸時代にお取り潰しとかに遭ってそこから紆余曲折の末に遠い場所の小大名として復活したなんて事例もありますが、それはまた時代が違う話なので割愛します。それは江戸時代の基礎知識がないと「なんでそうなるのか」がなかなか理解しづらいのです。
  • 回答No.1

ベストアンサー率 14% (2073/14069)

そういう伝説が残っている地域はたくさんありますが、どこまで真実なのかは今となっては謎のままです。
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