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東日本震災
東日本震災って本当に千年に一度だったのですかよろしくお願いしますm(_ _)m
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千年に一度と言う言い方は、年数を言っているのではなく、とにかく 規模は大きかったですよと言う意味です。100年より1000年の 方が年数も最大に感じるでしょ。 記録を紐解いて見ると、東日本大震災は2011年3月11日に発生 しました。マグニチュードが9で、死者は15894人、行方不明は 2562人となっています。ただこれが最大じゃないんですね。 1896年(明治29年)6月15日に、マグニチュード8.2の明 治三陸地震が起きています。行方不明者は分かりませんが、死者数は 21959人と言う記録があります。マグニチュードは東日本大震災 の方が上ですが、死者数は明治三陸地震の方が上です。 明治三陸地震から124年ですが、まだ千年には程遠いですよね。
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当時は適当なことは言える雰囲気ではなかったので、 そう言う根拠は過去のデータを見て有ったんでしょうね。 しかし、ここより下に家を建てるな、と書かれていて有名になった 大津浪記念碑では、明治29年と昭和8年に似たレベルの津波が来たことが 書かれています。 震源地やマグニチュードの違いはあれど、洒落にならん津波を起こす 地震はもっと多い頻度で発生しているということです。 マグニチュード9.0は1000年に一度でも、マグニチュード8.0は 数十年に1度位起こっていそうです。 8と9のエネルギー差は大きいですけど被害はそこまで数値差は 無い気がしますね。
- kimamaoyaji
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1933年(昭和8年)3月3日 昭和三陸地震 1896年(明治29年)6月15日 明治三陸地震 1856年8月23日12時頃(安政3年7月23日午刻) 安政八戸沖地震 1793年2月17日(寛政5年1月7日) 寛政地震 - 宮城沖に発生した地震 1763年1月29日16時頃(宝暦12年12月16日申刻) 八戸沖(三陸沖)地震 下の2つを合わせれば同じ、同じ年に起きているし 1677年11月4日(延宝5年10月9日) 延宝房総沖地震 - M8.0程度 1677年4月13日20時頃(延宝5年3月12日戌刻) 八戸沖(三陸沖)地震 これも同じクラスでしょう 1611年12月2日(慶長16年10月28日) 慶長三陸地震 - 東北の慶長津波(千島海溝沿いを震源とする説あり)、津波地震と推定され、伊達政宗領内で溺死者5,000人[24]。仙台平野で内陸を2km溯上したと見られ 15世紀頃 - 東北地方太平洋岸に巨大津波の痕跡。 869年7月9日(貞観11年5月26日) 貞観地震 - 陸奥国地大震動。M8.3~M8.6程度と見られ、『日本三代実録』によれば巨大な津波が発生し、多賀城付近まで浸水したとされる という記録が有るわけで、1000年に1度ではないと思いますが? WiKiより https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E3%81%AA%E6%B4%A5%E6%B3%A2%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
- g27anato
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過去の記録から、 十年や百年という単位では捉えられない、 より長い千年という単位を想定する。 「千年ごとに起きる」という意味ではない。 900年後か999年後か、はたまた千年後か、更には1001年後か1999年後か、 …特定することは不可能。 千年に一回か、二千に二回か、 …それもわからない。 要するに、大雑把に捉えて、 「千年程度に一回程度の割合」という、 目安としての想定だという事。 …何かの事実が「千年」丁度、「一度」だけという確認事項ではない。 感覚的に捉える為の目安として、 「千年」という数値を示しているだけ。 「本当」という意味で事実を示すものではない。 「嘘」という意味で事実をゴマカシたものでもない。 目安として示されたものを、 「本当か嘘か?」と問われることの意味がわからない。 示された数値を如何様に捉えるかは、 …個人の勝手としか言いようがない。
- KoalaGold
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橋本環奈に聞いた方が早い。
- tzd78886
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日本国内で同規模の地震が起きたのは1000年以上前だったという意味です。それ以前の記録は残っていません。だからそう見做されているのです。
お礼
ありがとうございます