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長男たちは家督を継がなかったのだろうか?

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お礼率 99% (3596/3598)

昔の長男って家を出る人が多かったのでしょうか。

父は水戸藩士の末裔で実家は水戸近くの本陣と言われているいえです。
M32(1899)1月31日己亥生まれ。

母の実家は伊勢志摩の旧家(商店)です。
この家の長男は母の兄ですが、父と同じく
M32(1899)3月31日己亥生まれ。

父は腹違いの妹に婿を取り、この夫婦に家督を譲って東京に出てきて外国船のofficerとなりました。
叔父は次男に家督を任せ、やはり伊勢の志摩を出て東京蒲田で軍需工場を設立しました。

日本の発展期でもあったからか、長男の両方ともは家を出ています。
今となっては事情を聞くことは不可能なんですが、共通しています。
これが当時のやり方なのか、古い昔からの伝統なのか。
どうか教えてください。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3

ベストアンサー率 32% (2725/8374)

他カテゴリのカテゴリマスター
明治元年が1868年だから明治30年ぐらいの生まれ
15才で明治45年
20才で大正10年
明治初期に身分制度が廃止され 世間に定着した時代。
幕末に官軍側に立った地域の士族は 国家の重要なポストなどにつき その他大勢は廃藩置県により 身分と職業を失った世代。
生きるためにはどうしたらいいかみんな必死になっていた。
士族の商法という言葉も明治初期のことです。
家督をついでも 元士族という看板では食べていけません。

そんな中で お二人ともいい選択をされたのだと思います。
お礼コメント
krya1998

お礼率 99% (3596/3598)

やはりそうですか。
東京空襲で一切を失い、自分と家族の命だけで立ち直ったのですが、
苦労の多い人生だったのですね。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2019-04-19 20:56:01

その他の回答 (全2件)

  • 回答No.2

ベストアンサー率 14% (1647/11235)

武家はしきたりというか作法を重視したから、安泰の時代になると長子が後継者になることが当然とされた。戦国時代は必ずしもそうではなく、能力が無い長子が後を継ぐと滅びる可能性すらあったから、そうではない例も少なくない。
商家は才能が無い長子に継がせたりしようものならたちまち経営に行き詰る可能性も高く、次子以下であっても才能さえあれば確実に続いて行くからそうした例も多いし、長子が別の道に進むことを選んだために次子が継いだ例もある。言うまでもなく、武家と比べて比較的自由だったからである。
お礼コメント
krya1998

お礼率 99% (3596/3598)

ありがとうございました。
やはりそうですか。
東京空襲で一切を失い、自分と家族の命だけで立ち直ったのですが、
苦労の多い人生だったのですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2019-04-19 20:58:04
  • 回答No.1

ベストアンサー率 27% (3916/14094)

他カテゴリのカテゴリマスター
たぶん、あなたの家だけの特例でしょう。明治時代に外国船に雇われるなんて自体が異例です。ハイカラさんだったに違いない。明治憲法下では長男にほとんどが相続されましたから、一般には長男がいわゆる家督を継ぐという事になります。
お礼コメント
krya1998

お礼率 99% (3596/3598)

ありがとうございました。
そうだったのでしょうかね。

東京空襲で一切を失い、自分と家族の命だけで立ち直ったのですが、
苦労の多い人生だったのですね。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2019-04-19 20:59:35
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