ヨハネ、神の子となる資格

このQ&Aのポイント
  • ヨハネ第一章で言及されている「神の子となる資格」についてご解説いたします。
  • ヨハネ第一章には、言という存在が神と共にあることが述べられています。また、言は神であり、万物は言によって成ったとされています。
  • さらに、ヨハネ第一章では、光と暗闇、ヨハネの証しについても触れられています。そして、言は世にあったが世に認められず、自分の民にも受け入れられなかったとされています。しかし、言を受け入れ、その名を信じる人々には神の子となる資格が与えられるということです。
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ヨハネ、神の子となる資格

ヨハネ第一章に”神の子となる資格”というフレーズが出てきます。 この”神の子となる資格”という事についてご解説していただけないでしょうか? 01:01初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 01:02この言は、初めに神と共にあった。 01:03万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。 01:04言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。 01:05光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。 01:06神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。 01:07彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。 01:08彼は光ではなく、光について証しをするために来た。 01:09その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。 01:10言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。 01:11言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。 01:12しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。 http://www.yoyoue.jpn.org/bible/joh.htm

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.1

言は、=神、神のことば 自分を受け入れた人、=神のことばを信じた人 その名を信じる人々には =神の名を信じる人、神の存在を信じる人 神の子となる資格を与えた。=訳省略 補足として 光 =キリスト  日本の仏教では親が仏教徒であれば、そのまま仏教を継承するのが一般的です。(改宗もありますが、ここでは触れません。)  キリスト教では親が信徒だからいっても、自動的に信徒になる訳ではなくて、「心の底から神を信じます」と宣言し、儀式を行って初めて信徒になるのです。「洗礼」といって流水で身を清める儀式なので、日本流に言えば滝に打たれるような意味合いがあります。  ヨハネはキリストが降誕する以前から、キリストが神のことばを世に伝える死者として現れることを信じていました。(01:06~ 01:07)そして、イエスがキリストとしてヨハネの前に現れた時、ヨハネが洗礼の儀式を執り行ったのです。  ややこしいのですが、「ヨハネ(による福音書)第一章」はキリストの死後約200年(諸説あります)経ってヨハネという聖職者が言い伝えを書き遺したものです。文中のヨハネはキリスト存命中の人物で、タイトルのヨハネと文中のヨハネは別人です。混乱を避けるため文中のヨハネを「バプテスマ(洗礼)のヨハネ」と呼ぶことがあります。

krya1998
質問者

お礼

詳しいお話、ありがとうございました。 要するに心底から信者となった者。 受洗の人。 という事でしょうね。 ありがとうございました。

その他の回答 (1)

回答No.2

アメブロとかブログが謎ですよね。 それから親指だけを盾tル ぐっジョブではないよね。 ジムだのバイトだの 資格と。 素 今日は村上春樹だから 神の子は皆踊る そrに今日は右手がうらい。

krya1998
質問者

お礼

アクセスありがとうございます。

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