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太平洋戦争の緒戦で

noname#232759の回答

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noname#232759
noname#232759
回答No.6

南太平洋海戦(サンゴ海海戦)の直後に、太平洋方面に置ける米国の稼働戦艦、空母が一時的に0になったことはありましたね。 米国をして米海軍最悪の海軍記念日と言わしめました。 真珠湾奇襲攻撃に関しては、米空母はちょうど艦載機更新のためにハワイを離れており、これは日本にとっては不運だったと言えるでしょう。 一部、米軍が、日本の動向を掴んでいて、意図的に空母を退避させたという意見があるようですが、明確な証拠がありません。 そもそも、そこまで日本の動向を掴めているのであれば、艦載機発艦後の日本空母を、退避させた空母なり潜水艦なりで沈めてしまえば、太平洋戦争はそこで終わりです。 ハワイ基地にはB17爆撃機もいたわけで、それが飛び立つ事も出来ずに壊滅してるのはおかしな話です。 民衆への避難勧告なども出てないですし、 やはりハワイに空母がいなかったのは偶然とみるのが妥当だと思いますよ。 尚、真珠湾奇襲攻撃に関しては、空母を取り逃がしたことよりも、港施設や、備蓄重油に損害を与えられなかった事が大きいと思います。 後知恵、後出しジャンケンであり、やむを得ない所もあるのですが、 第一次攻撃で敵の反撃能力を奪ったのですから、できれば第二次攻撃を行い、軍港施設や取り分け備蓄燃料を燃やしていれば、米太平洋艦隊の復興は年単位で遅れたと思われます。 真珠湾は海底が浅く、そのため、撃沈した米戦艦は、その殆どが引き上げて修理されています。 ドッグや備蓄燃料が無傷だったが故です。 まあ敵地の真っ只中で、日本の主力空母6隻が、攻撃成功したなら一刻も早く退避したいというのは当たり前だとは思います。 第一次攻撃で、日本空母の位置はある程度割れたでしょうし、米軍に別動部隊がいて、主力空母が撃沈されるような事があれば、万事休すですからね。

popps
質問者

お礼

 おっしゃる通りだと思います。司令官の南雲中将が逃げ腰で 無事帰ることを是としていたから仕方ないでしょうね。  回答ありがとうございました。

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