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「陸軍の面子」が戦争目的?

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お礼率 92% (432/467)

新野哲也氏の「日本は勝てる戦争になぜ負けたのか?」と言う本の中に「日本の真の戦争目的は陸軍の面子を守る為だ。」とあります。

これによると東條英機は首相になる前の10月12日に近衛首相の私邸で開かれた非公式の五相会談で「中国からの撤兵を受け入れると陸軍はガタガタになる。」と強硬に主張したとあり、その2日後に杉山参謀総長に対して陸軍から米国の要求する中国からの撤兵を受け入れる事は絶対に出来ないが、海軍が「米国に勝てない」と言うなら、少しは撤兵を考えても良いと東條は言っており、日本の真の戦争目的は「自存自衛」ではなく「陸軍の面子」や「陸軍のプライド」を守る為だとあります。

あくまで東條英機の意見ではありますが、当時の日本は政府全体で(他の政治家や軍人も含め)こうした「陸軍の面子」を優先する為に中国大陸からの撤退は出来ずに戦争に至ったのであり、日本の真の戦争目的は陸軍の「自存自衛」と言う方が正しかったのでしょうか?
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.8

ベストアンサー率 53% (234/436)

No.3です。
補足を頂戴しました。
補足に「開戦に至った経緯として「陸軍の面子」を優先もあり得ると思います。 」とされておられますが、当初の御質問は新野哲也なる人物の著書に基づいた「日本の真の戦争目的は陸軍の「自存自衛」と言う方が正しかったのでしょうか?」ではありませんでしょうか。
御質問は「自分は陸軍の面子が優先されたと考えるがこれは正しい考えかたか?」ではないと理解しています。

当時の日本は個人や一組織の意向で国家の施策が動くような後進国ではありませんのでご注意下さい。
当時の大日本帝国憲法では特定の組織や人物への権力集中を防ぐ権力分立体制が取られていました。
これを補う為に元老院制度が設けられていました。
更に軍隊は天皇直属の組織で議会とは独立していました。
いわゆる統帥権は天皇のもので軍の面子などで外国との戦争に突入できる法制度にはなっていませんでした。
天皇の指揮なしに一介の陸軍大臣が戦争に突入できるような法体制ではありませんでした。

大陸で蒋介石軍と交戦していた陸軍としては蒋介石軍の補給(援蒋ルート)を絶つ必用がありました。
このために北部仏印(現在のヴェトナム、カンボジア、ラオス)に軍を進駐させました。
これがフランスと同盟関係にあったアメリカやイギリスとの関係を悪化させました。
陸軍としての作戦行動が英米との関係悪化を促進してしまったのであって軍の面子などではありませんでした。

開戦前の資料は敗戦直後に焼却されたり破棄されたことから正確な情報に乏しいのが現状です。
ご指摘の「東條英機と杉山元の会話」に関する資料もどのような背景に基づいて当人同士が発言したのかという確証が必用です。
歴史を議論する際には一つの史料だけに基づいて判断しますと誤解や混乱が生じます。
必ずその史料が作成された当時の状況を立証する必要があります。
これをやりませんと資料を解釈した人物の個人的な価値観に左右されてしまいます。
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その他の回答 (全8件)

  • 回答No.9

ベストアンサー率 55% (241/433)

他カテゴリのカテゴリマスター
ソ連軍大反撃 ~ ノモンハン事件
http://jjtaro.cocolog-nifty.com/nippon/2012/06/post-fd39.html

>師団本部は二日二晩陣地に拠って奮戦し、30日夜、最後の突撃を準備中「突破帰還すべし」の軍命令を受領。師団長自ら先頭に立ち、軍刀を抜き5回の突撃により敵の重囲を突破し帰還しました。第二十三師団の生き残りの将兵は将軍廟に集結。

>今度は第七師団、第二師団、第四師団、第一師団による日本軍大攻勢が予定されました。ところが、これは突然中止となったのです。

「陸軍の面子」が戦争目的だったら、第七師団、第二師団、第四師団、第一師団による日本軍大攻勢が中止になったりしないでしょ。
  • 回答No.7

ベストアンサー率 22% (29/129)

>日本の真の戦争目的は「自存自衛」ではなく「陸軍の面子」や「陸軍のプライド」を守る為だとあります。
↑ 
なるほど、「陸軍の面子」で三百万人の日本人が犠牲になったわけですね。日本人の精神からして「面子」とする理由は有り得ないわけではない。
しかし、「自存自衛」は日本の戦争を正当化との声が多いが果たして正当化に出来るのでしょうか?
日本軍は資源確保する為に侵攻し軍政をしていたのです。
つまり、「解放」ではなく「占領」だったのです。
「占領」する行為に正当化は有り得ますか?
我々日本人が資源確保の為の「占領」を正当化としてしまえば、韓国の竹島占領もそれらしい理由が有れば正当となってしまいます。また、現地の日本軍への補給も「現地調達」となっていました。
更に言えば、「自存自衛」は日本だけではなく、日本を占領支配したマッカッサーも米国議会で日本は戦争を始めた理由を「自存自衛」と証言してました。
大東亜戦争について、一点二点ほどそれらしい文献(根拠)などを示しても、それが「正しい」とするような簡単な事では無いと思います。
視点は一つではなく、また、考えたも様々、色々な角度から考察することが大事かと。
そして、幾つかのパターンで考えた挙げ句、共通する点があれば「怪しい!」かも知れません。
所詮、素人が知る範囲は限れています。
 
 
参考:NHkスペシャル
「ドキュメント太平洋戦争」(全6編)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E4%BA%89

これが正しい資料という確証はありません。あくまでも参考程度に過ぎません。非常に興味深い語句が出ます。全6編の中に「南方占領地餃子実施要領」との言葉が出てきます。
この言葉、何処かの高校での試験問題に出題したそうです。
日本の戦争目的が「資源確保」だったとする証拠と言うことだそうですが、「占領」の言葉が入っていますので「解放」では無かったことがわかりますが、単純にそう思って良いかのか?は定かではない。
 
資料:「南方占領地行政実施要領」
http://www.wayto1945.sakura.ne.jp/APW/APW19411120.html

軍の補給は「現地調達」です。
つまり、軍隊が現地調達を実施すると上手くやっても一部の現地住民だけが富を生みが、一般の現地住民の感情を損なうのは当たり前です。
  • 回答No.6

ベストアンサー率 18% (7/38)

補足コメントに対して。

>まず、僕の理解を先に申し上げると

だったらそれも質問文に書いておきましょうよ。
回答してくれる人にとっては質問文がすべての情報なんです。質問文に書いていないことをあとから出してきて文句言わないでください。回答してくれた人に失礼な態度ですよ。
お礼コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

確かに書いていなかったので、説明不足になってしまいました。

すいませんでした。

あと回答と補足ありがとうございました!!
投稿日時 - 2018-06-17 21:47:28
  • 回答No.5

ベストアンサー率 55% (241/433)

他カテゴリのカテゴリマスター
>回答No.2 amanojaku1

>日本は終戦まで、アメリカに何度も何度も和平提案を送っていた。それを完全に無視し続けた上での原爆投下…瀕死の日本に、どうしてそこまでする必要があったのか?「原爆が正義だ」という狂気のデタラメを生み出した世界の力関係とは?

そもそも「陸軍の面子」なら「日本は終戦まで、アメリカに何度も何度も和平提案」を送ったりはしないでしょう。
「日本は終戦まで、アメリカに何度も何度も和平提案を送っていた」のですから、日本は「陸軍の面子」より早期の終戦を望んでいたのは明らかです。
  • 回答No.4

ベストアンサー率 55% (241/433)

他カテゴリのカテゴリマスター
>回答No.2 amanojaku1

>回答者さんの仰るアメリカの経済封鎖を解除させる事が結果的に目的

そうではなく

日本人が知らない太平洋戦争の大嘘
http://www.worldforecast.jp/lp/fukota/ydn_monthly.html?utm_expid=.Ap-6tQh0TBqczarAMlVolw.1&utm_referrer=

>元アメリカ大統領ハーバート・フーヴァーと連合国軍最高司令官マッカーサーは「太平洋戦争とはいったい何だったのか」を3日間にも渡って話し合った。
>
>そのとき、日本人なら誰も思いもしないようなことをフーヴァーは口にした…
>
>「太平洋戦争は、日本が始めた戦争じゃない。あのアメリカの『狂人・ルーズベルト』が、日米戦争を起こさせた。気が狂っていると言っても精神異常なんかじゃない、ほんとうに戦争をやりたくてしょうがなかった…その欲望の結果が日米戦争になったんだ」
>
>その言葉を聞いて、マッカーサーははっきりと同意した…
>
>私たち日本人は、小さい頃から「日本が真珠湾を宣戦布告もなしに攻めて戦争を起こした」「日本は残虐な悪い国だ」ということを新聞でも、テレビでも繰り返し教わってきました。でも、今から数年前、我々が耳にしてきた太平洋戦争の常識とは真逆とも言える証言が、47年公開を禁じられたフーヴァー元大統領の回顧録から次々と浮かび上がりました。
>
>ハル・ノート、原爆投下、終戦…アメリカではこの証言をもとに、歴史の見方が、世界の見方が少しずつ変わり始めているのに、日本の大手メディアはいっこうにこの事実を大きく取り上げてくれません。太平洋戦争に隠されたその大嘘の数々とはどのようなものだったのか?



【6月28日配信】特別番組「近衛上奏文を語る」国際政治学者藤井厳喜 倉山満【チャンネルくらら】
https://www.youtube.com/watch?v=BQwdhV8oTaQ
  • 回答No.3

ベストアンサー率 53% (234/436)

>新野哲也氏の「日本は勝てる戦争になぜ負けたのか?」と言う本
ご指摘の書籍を読んではいませんが、当時開戦を決意した関係者は軍部も含めて絶対に勝てるとは考えていませんでした。
アメリカの経済力に対抗できないことは周知の事実でした。
正確な情報を持ちながらなぜ開戦に踏み切ったのかという点については社会心理学などの面からも議論されていますが未だに解明されていません。

>日本の真の戦争目的は「自存自衛」ではなく「陸軍の面子」や「陸軍のプライド」を守る為だとあります。
海軍の同意なしに陸軍が海外で交戦することができないことは自明の理でした。
海軍からすれば陸軍の面子などにつきあういわれはありません。
当時の海軍は艦艇の鉄も燃料も全てアメリカに依存していました。
既に経済封鎖を受けていて日本全体が必用とする物資の供給がままならない状態でした。
陸軍が戦争で消耗する物資を供給する経済界も面子などに付き合いませんでした。
陸軍内部でもアメリカの経済力に対抗できないことを理由に開戦に反対していた人が沢山いました、
陸軍も開戦直前まで多くの調査員(諜報員)を派遣していました。
アメリカとの開戦に踏み切ったのは経済封鎖を解除させることが目的でした。
要はご指摘の本の著者が言うような面子などというものはどこにもなかったということです。
詳細で正確な情報を持ちながらなぜ不合理な開戦に踏み切ったのかということを筆者は説明できないので面子などということを持ち出したのではないのでしょうか
補足コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

まず、僕の理解を先に申し上げると

・陸軍首脳(具体的には東條陸相と杉山参謀総長)にとって一番重要だったのは面子

・それが日本の対米要求案の主要な決定要因になった

とは言えると思います。

1941年10月12日の近衛首相私邸での五相会談での東條英機(当時陸相)の発言と、10月14日の東條英機と杉山元の会話はかなり有名で、国立公文書館アジア歴史資料センターのWebで誰でも見られるものです。

そして東條と杉山は同じ陸軍のいわば身内ですから、そこで心にも無い事を言うとは常識的には考えられませんから、五相会談でのやたら強硬な発言に見られる東條英機の主張は、別にそれを東條自身が日本にとって最善策と信じたから言ったものではなく、面子が保てるのならば「ホンネ」では妥協の余地はあった、としか理解のしようがありません。

“出来れば面子を保ちながら開戦を回避したいんだが…”程度の話なら、海軍が戦えない、と言わないのがわかった時点で、陸軍自らが“中国からの撤兵も多少は妥協して良い”と言うはずですが、実際にはそうした行動に出なかった以上は、開戦回避よりも面子を重視していた、って事にしかなりません。(勿論、妥協と言ってもどの程度までかは不明なので陸軍がそれを自分で言ったからといって結果的に開戦回避に繋がるとは限りませんが『どういう動機で開戦判断に至ったのか』という考察では、それは全く別の話です。)

ただ、それを「日本の真の戦争目的は陸軍の面子を守る為」と言ってしまうのには、僕も相当な疑問を感じますが、回答者さんの仰るアメリカの経済封鎖を解除させる事が目的でしょうが、開戦に至った経緯として「陸軍の面子」を優先もあり得ると思います。
投稿日時 - 2018-06-15 17:01:03
お礼コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

回答ありがとうございました!!
投稿日時 - 2018-06-17 21:48:25
  • 回答No.2

ベストアンサー率 55% (241/433)

他カテゴリのカテゴリマスター
アメリカ側は絶対に戦争をしたかった。

日本人が知らない太平洋戦争の大嘘
http://www.worldforecast.jp/lp/fukota/ydn_monthly.html?utm_expid=.Ap-6tQh0TBqczarAMlVolw.1&utm_referrer=

>日本が真珠湾を奇襲攻撃したあの日、アメリカ大統領とイギリス首相は驚きや怒りなどではなく、電話で歓喜に狂ったのは何故か?

>「絶対に戦争はしない」と誓って大統領に当選したルーズベルト…それなのに、なぜ戦争は始まったのか?国民を騙して戦争に引きずり込んだ、彼の裏の顔とは?

>ルーズベルト大統領と中国の、ただならぬ深すぎる関係。その蜜月はいつから始まったのか?
>(わたしたち日本人が見過ごしてはいけない事実とは?)

>日本は終戦まで、アメリカに何度も何度も和平提案を送っていた。それを完全に無視し続けた上での原爆投下…瀕死の日本に、どうしてそこまでする必要があったのか?「原爆が正義だ」という狂気のデタラメを生み出した世界の力関係とは?

>野球、ジャズ、震災義援金…太平洋戦争よりもずっと昔の明治時代から仲の良かった日本とアメリカが、なぜ戦わなければならなかったのか?

>キリスト教、利権、プロパガンダ、共産主義…日本の知らないところで世界はつながっていた? 日米だけを見ていては理解できるはずのない、70年以上前から存在する寒気のするようなネットワークとは? これを知れば、日本人の常識では気付けない世界の現実が見えはじめます…

>日本人が戦争に踏み切るきっかけとなった「ハル・ノート」。なぜ、そんな重要な内容を私たち日本人は教えられないのか?アメリカ大物議員すらも「国民への裏切り」だと絶句した、その内容とは?

>アメリカの侵略に怯えるハワイ王国が、なぜ、明治日本に助けを求め、皇室に縁談を持ちかけたのか? そこから浮かび上がる戦前の日米関係と世界の裏事情

>まだ日米関係が友好的だった戦前のアメリカ。日本人も中国人もアメリカに移民していたのに、「排日移民法」が成立して日本人だけが排除されたのは何故だったのか? この差別の裏にあった「妬み」とは?



日本側もコミンテルンに いいように利用されてましたのですけど。

【訂正版】特別番組「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」江崎道朗 上念司【チャンネルくらら・8月6日配信】
https://www.youtube.com/watch?v=OIwA0fVeQwg&t=14s

特別番組「コミンテルンの謀略と日本の敗戦~第2回朝日新聞の手の内をバラす!」江崎道朗 上念司【チャンネルくらら・8月10日配信】
https://www.youtube.com/watch?v=j85s6TLhRGU

特別番組「コミンテルンの謀略と日本の敗戦~第3回経済政策の誤りが国を滅ぼす!」江崎道朗 倉山満【チャンネルくらら・8月17日配信】
https://www.youtube.com/watch?v=gaqnh_V7myA

特別番組「コミンテルンの謀略と日本の敗戦~第4回 世界を壊したウッドロウ・ウィルソン」江崎道朗 倉山満【チャンネルくらら・8月20日配信】
https://www.youtube.com/watch?v=wiRjvDvzVcg
補足コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

まず、僕の理解を先に申し上げると

・陸軍首脳(具体的には東條陸相と杉山参謀総長)にとって一番重要だったのは面子

・それが日本の対米要求案の主要な決定要因になった

とは言えると思います。

1941年10月12日の近衛首相私邸での五相会談での東條英機(当時陸相)の発言と、10月14日の東條英機と杉山元の会話はかなり有名で、国立公文書館アジア歴史資料センターのWebで誰でも見られるものです。

そして東條と杉山は同じ陸軍のいわば身内ですから、そこで心にも無い事を言うとは常識的には考えられませんから、五相会談でのやたら強硬な発言に見られる東條英機の主張は、別にそれを東條自身が日本にとって最善策と信じたから言ったものではなく、面子が保てるのならば「ホンネ」では妥協の余地はあった、としか理解のしようがありません。

“出来れば面子を保ちながら開戦を回避したいんだが…”程度の話なら、海軍が戦えない、と言わないのがわかった時点で、陸軍自らが“中国からの撤兵も多少は妥協して良い”と言うはずですが、実際にはそうした行動に出なかった以上は、開戦回避よりも面子を重視していた、って事にしかなりません。(勿論、妥協と言ってもどの程度までかは不明なので陸軍がそれを自分で言ったからといって結果的に開戦回避に繋がるとは限りませんが『どういう動機で開戦判断に至ったのか』それは全く別の話です。)

また発言自体は東條のものですが、それへの杉山の反応も東條の“面子重視”を特に気にせず、むしろ『海軍も面子上、戦争は出来ないと言えないらしい』ってなものでしたので、対米戦争をするかしないかの議論で面子を優先する事自体に違和感はなかった、と理解せざるを得ず“面子論”は東條・杉山の共通のもの、と考えられるでしょう。

この二人がそうだったから陸軍全体がそうだったとは言えませんが、まさに開戦の決断をする時期の陸相と参謀総長が“面子論”なら『その時期の陸軍は…』と表現してもさほど問題ないと思います。

因みに杉山は、日本が事実上の開戦決意を固めた11月1~2日の大本営政府連絡会議の日の朝に東條と以下の様な会話を交わしています。(国立公文書館アジア歴史資料センターレファレンスコードC12120254400)

~~

東條
一、 本日は結論として
第一案 戦争せず、臥薪嘗胆す
第二案 直ちに開戦を決意して作戦準備をぐんぐん進め、外交を従とするもの
第三案 戦争決意の下に作戦準備をすすめるが外交交渉はあの最小限度にて之を進める
の三案に就て研究するが総理としては第三案を採り度いと思う。

(中略)

杉山
然し今日第三案て進むと言ふことは9月6日の御前会議を、も一度繰り返すことになるにあらすや

東條
之とは戦争準備を進めると言う点に於て差異がある

杉山
若し外交うまくゆけば準備した兵を下けることとなるが之は困る・・・兵を南洋迄出して戦争しないで退けたら士気に関す、統帥部としては「(イ)国交調整は断念する(ロ)戦争決意をする(ハ)戦争発起は12月初旬とす(ニ)作戦準備をする(ホ)外交は戦争有利になる様に行ふ」を主張し度いと思う。

(以下略)

~~

東條が「戦争を決意して、外交は最小限度にする」事にしたい、と言っているのに対して、杉山は、9月6日の御前会議で「日本の最低限の要求を米国が完全に呑む目処が10月上旬迄に立たなければ直ちに開戦を決意する」と決めたにも関わらず、対米戦に強い不安を感じていた天皇がその御前会議で明治天皇の歌を披露して「外交を優先とする」意思を示した事もあって結論が先延ばしになった事の再来を恐れた、という事なら、日々石油が備蓄も減り米国の戦争準備も進む以上、勝利に責任を負う参謀総長としての「気持ち」は理解できます。宙ぶらりんの状況のまま時間だけが経過し、戦力的により不利な時になって戦争をしなきゃならない、というのを嫌がるのなら、身内の東條に言うぐらいなら、ビックリする様な発言じゃありません。

が、ナンと『もし外交がうまく行ったら、準備した兵をまた引っ込める事になり、士気に関わるから困る」と言ってしまっています。

『外交が上手く行って兵を退ける』というのは『日本の要求が外交交渉で通ったので、南方に展開した兵力を元に戻す』という状況ですから、戦争をしなくても(完全ではなかったとしても)日本と言う『国』としては目標が達成できた、そういう状況のはずです。

それを「士気に関わるから困る」というのは、戦争それも米国と言う巨大な敵国と戦う事を一体なんだと思っていたのだ!?

と現代の日本人には思えますが、そういう「物事の考え方」をいくら身内同士とは言え平気で言えてしまう感覚だったのでしょうね。(これでも“国民の生活を守るため”なんて言えるのだろうか?)

ただ、この「陸軍の面子」論がそのまま「日本の真の戦争目的は陸軍の面子を守る為」と言ってしまうのには、僕も相当な疑問を感じますが、回答者さんの仰るアメリカの経済封鎖を解除させる事が結果的に目的でしょうが、開戦に至った経緯として「陸軍の面子」を優先させた事が大きいと思います。
投稿日時 - 2018-06-15 17:36:41
お礼コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

回答ありがとうございました!!
投稿日時 - 2018-06-17 21:48:36
  • 回答No.1

ベストアンサー率 18% (7/38)

日本軍はメンツのために戦争ができるほど余裕のある軍隊じゃなかったですよ。
補足コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

まず、僕の理解を先に申し上げると

・陸軍首脳(具体的には東條陸相と杉山参謀総長)にとって一番重要だったのは面子

・それが日本の対米要求案の主要な決定要因になった

とは言えると思います。

1941年10月12日の近衛首相私邸での五相会談での東條英機(当時陸相)の発言と、10月14日の東條英機と杉山元の会話はかなり有名で、国立公文書館アジア歴史資料センターのWebで誰でも見られるものです。

そして東條と杉山は同じ陸軍のいわば身内ですから、そこで心にも無い事を言うとは常識的には考えられませんから、五相会談でのやたら強硬な発言に見られる東條英機の主張は、別にそれを東條自身が日本にとって最善策と信じたから言ったものではなく、面子が保てるのならば「ホンネ」では妥協の余地はあった、としか理解のしようがありません。

“出来れば面子を保ちながら開戦を回避したいんだが…”程度の話なら、海軍が戦えない、と言わないのがわかった時点で、陸軍自らが“中国からの撤兵も多少は妥協して良い”と言うはずですが、実際にはそうした行動に出なかった以上は、開戦回避よりも面子を重視していた、って事にしかなりません。(勿論、妥協と言ってもどの程度までかは不明なので陸軍がそれを自分で言ったからといって結果的に開戦回避に繋がるとは限りませんが『どういう動機で開戦判断に至ったのか』という考察では、それは全く別の話です。)

ただ、それを「日本の真の戦争目的は陸軍の面子を守る為」と言ってしまうのには、僕も相当な疑問を感じますが、回答者さんの仰るアメリカの経済封鎖を解除させる事が目的でしょうが、開戦に至った経緯として「陸軍の面子」を優先もあり得ると思います。
投稿日時 - 2018-06-15 17:28:59
お礼コメント
soramimiclub

お礼率 92% (432/467)

回答ありがとうございました!!
投稿日時 - 2018-06-17 21:48:59
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