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信長公記のこれって剣術のこと?
信長公記に、信長公は毎朝馬に乗られ鷹狩りにもしばしば行きます。また鉄砲を橋本一巴、弓を市川大介、兵法を平田三位に学ばれ稽古をされる。 ってありますがこの兵法は孫子とかのことではなく剣術のことですか?
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- jkpawapuro
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回答No.4
この場合の兵法とは武術一般を指します。 江戸時代と違い戦国時代の兵法家は剣術だけでなく槍術も必ずやっていたと思います。 人により薙刀・鎖鎌等もやっているかもしれませんが、平田某さんについては浅学につきわかりませぬ。
- tknkk7
- ベストアンサー率11% (378/3310)
回答No.3
孫子・兵法の事は、十分、理解されて、おりました。・ じつは、”剣術(ケンジュツ)では、ないのです。! 剣(ケン)を、フル:振り回す(フリ マワス)のは、とても、重労働なのです。! そういうことは、まかせられる”人たちが、一杯いたのです。 年齢で、いえば、すでに、織田信長(オダ ノブナガ)公も、”老人(ろうじん)だった のです。 昔(むかし)の剣は、”重い(15Kg~20Kg)が、普通です。 ※それを、自由自在に、あやつれるか、どうかが”、普段の訓練(くんれん)です。 だから、馬(ウマ)が、”今で、言えば、”自動車みたいなものでしょう。・・・
- ithi
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回答No.2
bwer さん、こんにちは。 これは信長の毎日の趣味というか武術のけいこの在り方を書いた記述ですね。 兵法は孫子や六韜三略とかいろんな兵法書の素読が中心だと思いますけどもね。 平田三位はなかなかのインテリのようです。刀は自己流で何人も首跳ねたりしてるから教えられなくてもコツを知っていたりして… 平田三位 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E4%B8%89%E4%BD%8D
- takuranke
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回答No.1
孫子・呉子などの大陸の兵法を学んでいました。
お礼
じゃあこれは座って孫子を朗読していたとかではなく武術の訓練を受けていたってことですか ありがとうございました