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解決済み

ケルト人以前のヨーロッパの先住民族

  • 暇なときにでも
  • 質問No.93800
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お礼率 60% (12/20)

ヨーロッパにはもともとどんな民族が住んでいたのでしょうか?
特にフランス・ドイツ辺りの民族について知りたいのです。
ケルト人も民族移動によってガリアの地域に移ってきたそうなのですが・・・
ならばケルト人以前のヨーロッパの原住民とはいったいどんな民族なのか?
ゲルマン系の民族なのでしょうか?
クロマニョン人のルーツはどこへ行ったのでしょう?
新石器時代はいつ頃始まったのでしょう?
ストーンヘンジは誰が築いたのか?
衣食住はどんな暮らしをして遺跡は残っていないのか?
青銅器はいつ頃伝わった?
土器と小麦の伝播は?
などなど、いろいろ知りたいことがいっぱいです。
情報お寄せ下さい。
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3

質問を絞って頂きましたが、満足な回答は出来そうにありません。ヨーロッパの歴史の専門家の登場までの前座としてとりあえず纏めてみます。

結論からいえばケルト以前の先住民社会は新石器時代の人々であり、ヨーロッパ文明の基礎はギリシャ・ローマ文明にありとする人々は、ケルト以前の社会は先史時代として専門書でもない限り大雑把な解説でおわっています。

エジプトで文字が使われ最初のピラミッドが建造された紀元前3,500年ごろのヨーロッパでは文字も青銅器も鉄器も知らない石器時代が続いていました。紀元前3千年ごろエジプトではじまった青銅器文化が前ヨーロッパに広まるのに2千年を要したといわれます。一方、原始ケルト族は紀元前2千年まで遡るものの歴史の表舞台に登場するのは紀元前千年ごろからです。すでに鉄器を知っておりアルプス以北の中央ヨーロッパ全域に展開していました。従って、歴史に登場するヨーロッパの部族は北部のゲルマン、東部のスラブを除いて、ケルトの支族であり、民族名があってもケルト系という括弧つきがほとんです。唯一の例外はアルプス山中に住むバスク人で
彼らの言語は、どのインド・ヨーロッパ語(現在のヨーロッパ語の共通の祖先)にも所属しない謎の民族・言語とされています。

石器時代にヨーロッパ各地に巨石遺跡を残した人々がいますが、彼らの存在は考古学の世界であり、名前があるとしても遺跡発見の地の名前を便宜上つけるもので、
後の民族とは別のものです。ヨーロッパの歴史上の主な出来事はケルト以降と思ってまず間違いないでしょう。*フン族のヨーロッパ侵略、*民族大移動(フン族に圧迫されたゲルマン族の南下

ケルト人は好戦的で当時のヨーロッパで対抗できる民族はいなかったようですが、帝国をつくることを知らず、族長を中心とする小集団の集まりだったため、後にローマ軍に撃破され(シーザのガリア戦記が有名)、又ローマ人とのたびたびの戦争でローマ人の戦い方を学び取ったゲルマン人にも破れました。英国に住んでいたケルト人は侵入してきたゲルマン人(アングロ、サクソン他の支族)に完敗し、今日ではケルトの末裔と言われる人々が英国のウエールズ地方とアイルランドに残っています。

以上、疑問解消に少しでも役立てれば嬉しく思います。
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その他の回答 (全3件)

  • 回答No.1

質問の範囲が広すぎます。教えて!gooの限られたスペースと回答者の限られた時間ですべてに答えるのは無理です。ヨーロッパの石器時代からローマ時代までの歴史を勉強すれば疑問は全て解かれるでしょう。或いは考古学の部分は切り捨てて、英語の起源とかケルト人について調べれば大半の疑問は解けるはずです。もう一度整理して質問を絞ればすぐ回答が得られますよ。参考URLをひとつだけ下記します。
補足コメント
mio-namihama

お礼率 60% (12/20)

すみません。
範囲を絞ってもう一度お聞きしたいのですがよろしいでしょうか?
”ケルト人以前にヨーロッパに定住していた民族について”です。
投稿日時 - 2001-06-22 20:05:43


  • 回答No.2
レベル11

ベストアンサー率 24% (92/378)

バスク地方に住むバスク人もヨーロッパ系民族が入ってくる前からいました。
お礼コメント
mio-namihama

お礼率 60% (12/20)

どうもありがとうございました。
初めて聞く名前です。
またじっくりと調べてみようと思います。
投稿日時 - 2001-06-22 20:09:34
  • 回答No.4
レベル12

ベストアンサー率 66% (447/668)

「民族」をどう定義するかにもよりますが、ゲルマン系とかケルト系とかいったレベルであれば、残念ながら、ケルト以前の「民族」については『よくわからない』という事になると思います。通常、「民族」といえば、言語等の文化を共有しており、共通のアイデンティティを持っている集団のことを言うのだと思いますが、ギリシャ・ローマ以前については、文字による記録が無いので、もともとたしかな事を言うのは、かなり難しい話です。(言語がわからない等々)

例えば、ブリテン島のケルト人は、伝統的には「紀元前7世紀頃(時期は諸説あり)、大陸から移住してきた」とされてきました。それは、主にブリトン人の言語がケルト系だった事、大陸のケルト人のものとされる「ラ・テーヌ文化」とよく似た遺物が見つかっていること、の2点から来ていました。「言語が同じ」=「遺物も同じ」=「民族(=血筋?)も同じ」という暗黙の前提があったようです。

しかし、最近では、このような等式はあまりあてにされなくなっています。言語では、「他からの借り物」や「少数者による征服」、遺物では「貿易」などの、民族移動以外の原因での伝播の可能性があるからです。(今のブラジルの住人をポルトガル人とは呼べないし、日本の若い女性が家にヴィトンのコピー商品を持っていても、フランス人じゃないですから)

現在では、一部の地域での副葬品の大陸との類似性よりも、住居の形等を重視して、そのような「文化の継続性」から、「紀元前7世紀頃にケルト語を話す人がブリテン島に移住してきたかどうかはわからない。してきたとしても、それは少数で、ブリテン島がその時期に『ケルト化』したと考えるべきではない」という考え方が広まってきています。ケルト人全体についても、「似た言語を話し、文化に一部共通性の見られる、伝統的な意味での『民族』が複数集まった集団」という考え方が出てきています。
更に、アイルランドとブリテン島の同じケルト系言語の間の違いが記録に残りだした頃から既に大きかった事から、文化の連続性ともあわせて、通説の「ケルト人の移住」以前から、ブリテン島にはケルト系の言葉を話す人がいた(但し、ケルト人と呼ぶかどうかはまた別問題)、という説もあります。

つまり、「ケルト人以前」といっても、それが何時なのかすら、そもそも「ケルト」とは民族なのかどうか、すら、はっきりしなくなってきているのです。
「よくわからない」というのがお答えになるとは思っていませんが、私の理解するところはこんなもんです。

尚、残っている地名から考え「ケルト系の言葉を話す人々は、かつては大陸の広範囲にいたらしい」という事と、「ピレネー山脈近辺のバスク人は、その他のヨーロッパ人とは言語も『血筋』も違っており、その他のヨーロッパ人より前からいた、と考える方が合理的だろう」(バスク人はRHマイナスの血液型の人の比率が、ヨーロッパ平均の2倍)という2点は、あまり異論のないところだと思います。
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