大正7年シベリア出兵の「非戦闘員」とは。

大正7年(1918年)11月4日の陸軍省の調査では、計3個師団約58,600人を動員しています。 内訳は、戦闘員42,2...

Why-J-people さんからの 回答

  • 2017-01-15 17:04:14
  • 回答No.13
Why-J-people

ベストアンサー率 85% (12/14)

登山口から三合目(総数72,400名)、次に五合目(帰還後58,600)を目指し、
その後、頂上(戦闘員・非戦闘員区分)などの目論見は遙か彼方で、
未だ二合目辺りをウロウロしている次第でございます(泣)

No.12では「非戦闘員」「戦死」(扱い)?と単純に浅く応答したために、
特にシベリア出兵に関しては未確認でした。

> 「戦争」で死んだわけではないので死者を
>「戦死」扱いにするのかな、という疑問でした。

一例に過ぎずまた戦死日付も不明ではありますが、
既出No.12の『官報.1920年04月14日』のうち、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2954420/3
[3/26](348頁4段目14-18人目)
陸軍省告示第七號「陸地測量師1、陸軍通譯1、陸地測量手1、傭人2」、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2954420/4
[4/26](351頁6段目13-14人目)
陸軍省告示第八號「陸地測量手2」と各々「5名&2名」は
下記により確認出来ました。

●標題:14、陸地測量部第57号(合祀の件)
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C13110048800

特に持ちネタも無く、残念ながら態勢に影響はありませんが、補足など。

No.6の<1>一部補完訂正の件。

下記<C03010068300>により既出No.6の冒頭から26行目<1>一部補完訂正。
●標題:沿海州派遣第1次輸送部隊船舶輸送計画
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C03010068300
[14/18]

<1>●標題:第12師団長隷下部隊沿海州派遣の件
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C06032002200

□不明□聯隊判明&騎兵第十二聯隊第一中隊将校数訂正(8→6) 前

?□□□□□□□聯隊?/□□ - □□ /
第十師團第六陸上輸卒隊/ 1 - 320 /
騎兵第十二聯隊第一中隊/ 8 - 159 /
○ 計        / 92 - 4111 /

判明&訂正 後

歩兵第二十四聯隊   / 85 - 3632 /
第十師團第六陸上輸卒隊/ 1 - 320 /
騎兵第十二聯隊第一中隊/ 6 - 159 /
○ 計        / 92 - 4111 /

次に、No.8の<8>とNo.11の<24>の「臨時鐵道聯隊」各所属の件。

下記<C03010097900>により、<8>は「第十二師団」
<24>は「関東都督」の確認はとれました。

No.8の<8>
臨時鐵道聯隊第一大隊増加人員及材料廠
 乘船(※宇品10.15)上陸日次豫定表 上陸地 浦潮(※10.19)
臨時鐵道聯隊第一大隊増加人員  / 0 - 68 /
第一大隊材料廠          / 3 - 41 /
○ 計             / 3 - 109 /

No.11の<24>
<24>
臨時鐵道聯隊 乘船(※宇品10.13)上陸日次豫定表
 上陸地 釜山(※10.15)
臨時鐵道聯隊(浦潮行ノ分ヲ除ク)/ 45 - 1008 /
○ 計            / 45 - 1008 /

●標題:臨時鉄道連隊派遣に関する命令伝宣済の件
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C03010097900
[1/5]
臨時鉄道聯隊派遣ニ関スル命令傳宣濟ノ件通牒
大正七年十月四日参謀總長男爵上原勇作
陸軍大臣田中義一殿
首題ノ件ニ関シ別紙ノ通関係諸官ニ命令傳宣濟ニ付及通牒候也
[2/5]
命令
一、臨時鐵道聯隊第一大隊(第一中隊欠)ヲ沿海州方靣ニ派遣シ
  第十二師團長ノ隷下ニ屬ス
  該部隊(第一鐵道隊ニ屬スルモノヲ除ク)ハ浦潮上陸ノ時ヨリ
  第十二師團長ノ隷下ニ入ルモノトス
二、臨時鐵道聯隊(第一大隊(第一中隊欠)欠)ヲ滿洲里方靣ニ派遣シ
  關東都督ノ隷下ニ屬ス
  該部隊(第二鐵道隊ニ屬スルモノヲ除ク)ハ鴨緣江通過後
  關東都督ノ隷下ニ入ルモノトス

上記<8><24>と下記<C06032013700>の人数は横に置かざる得ませんが、
内訳など。

●標題:臨時鉄道連隊編成要領制定の件
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C06032013700
[9/10]
附表 臨時鐵道聯隊編制表
聯隊本部       計 9(0)
同          計 5(5=馬卒5)
○         合計 14(5)
大隊本部       計 9(0)
同          計 8(8=主計1・計手1・軍醫1・看護長1・馬卒4)
○         合計 17(8)
一中隊        計159(0)
同          計 5(5=上等看護卒1・馬卒4)
○         合計164(5)
材料廠        計 43(0)
同          計 2(2=?工兵上等工長1?・馬卒1)
○         合計 45(2)
大隊(三中隊材料廠留)計計529(0)
同          計 25(25=?工兵上等工長1?・主計1・計手1・
              軍醫1・看護長1・上等看護卒3・馬卒17)
○         合計554(25)
聯隊(三大隊)計    計1596(0)
同          計 80(80=?工兵上等工長3?・主計3・計手3・
              軍醫3・看護長3・上等看護卒9・馬卒56)
○         合計1676(80)
----------------
合算         2470(125)
----------------

あと、下記は結果的にボツになった動員計画のようですが、
各部隊等の一般的な構成・内訳の参考程度に。

●標題:大正7年度陸軍動員計画訓令に関する件
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C02030044100

以上 内容がますます落書きの様相を呈してきて申し訳ありません。
お礼コメント
kouki-koureisya

お礼率 94% (1264/1337)

度々のご回答ありがとうございます。

「シベリア出兵」で多くの“非戦闘員”が死亡しています。
「陸地測量師1、陸軍通譯1、陸地測量手1、傭人2」もその一部で、靖国に合祀されています。
政府が創建した神社ですから、誰を祀ろうと政府の自由ですね。
私は独り言で、“戦争”で死んだわけではないのに“戦死”扱いにしている、と政府や靖国神社を皮肉ったつもりです。
靖国神社のサイトには、
「幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、(以下略)」
とありますが、「シベリア出兵」をなぜか省いています。
それは、シベリア出兵が戦争ではないという政府の立場を表しているからだと思います。
政府や軍部にとって、もっとも思い出したくない最悪の記憶が「シベリア出兵」であるからでしょう。

この質問の要点は、「非戦闘員とはどんな人たちですか」ということで、凡その範囲は掴むことができました。
当時の軍部が軍の判断で「非戦闘員」と分類しただけだと思います。
政府・軍部の一部や国民世論の大多数も派兵に反対していたのに、言論統制までして派兵することになったので、戦闘に参加・不参加という観点よりはとにかく名目上「非戦闘員」を増やしたのではないかと思います。

#2のご回答の「近代日本における捕虜:日清、日露戦争と第一次世界大戦における捕虜取扱いの比較研究」を再度読んでみますと、
「補助輸卒を戦闘員か非戦闘員として扱うかは国際法上の問題にならず、内国的な問題であるが有賀はどちらにすべきか、なお研究を要すと述べている。これについて少し詳しく述べたい」
とあります。
補助輸卒に限らず軍の判断で「非戦闘員」に分類できたのではないかと思います。
たとえ、師団の編成表を入手できたとしても、どの部隊(誰)を、「非戦闘員」としたのか、
編成表に明記されていなければ、結局、非戦闘員を抽出できないのではないでしょうか。
輜重隊が医療機器や医療品を運ぶ場合、隊の統率者である将校は武装していても非戦闘員となるのか、など分からないこと続出です。
投稿日時 - 2017-01-16 20:18:35
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