解決済み

人間のエゴ?犬を飼っている友人同士が言い争い

  • 困ってます
  • 質問No.9187267
  • 閲覧数370
  • ありがとう数1
  • 気になる数0
  • 回答数6
  • コメント数0

40代の女性です。私は動物と生活をしたことがありません。

先日、犬を飼っている友人同士が言い争いをしているのを見て、
なんだか心がざわついてしまいました。
ちなみにその友人たちは、裕福な暮らしをしているほうです。
皆様はどう思いますか?考えれば考えるほど、全く分からなくなり、
少々混乱しています。


子供の頃から両親は、例えば私が、犬や猫を飼いたいと言うと、
「動物の命を預かることは簡単なことではない」みたいな事を
言い、動物を飼うことを許してもらえませんでした。
どちらかというと、経済的に余裕がない家庭でした。
子供の頃はまだ「野良犬」がいました。近隣の農家には番犬がいて、
子供心に感動する程「しつけ」をされていて、子供の私がおやつを
あげようとしても決して食べず、私がそのおやつを食べるのを見てから
初めておやつを食べるのです。(多分、柴犬だったと思います)
ある時、その犬と遊びたくて走って向かったら、思い切り転んでしまい、
泣いてしまいました。するとその犬は、泣いている私を心配するように
私の周りをグルグル回り、泣いている私を慰めようと、ありとあらゆる
行動で私に優しくしてくれました。
その時、子供心に(小学生低学年)、犬というのは、なんて頭が良くて
心が優しいのだろうと、感動してしまいました。
それと同じ頃、父が働く会社に、野良犬が迷い込み、犬が好きな社長が
面倒を見始めましたが、その野良犬は、人間を信用していないようで、
子供の私が近づこうとすると、威嚇して吠えまくりました。
腰を抜かした私に父は「あの犬は、多分人間にひどいことをされたんだ。
だから人間を信用しない。何年かかるかわからないけど、信用されるまで
頑張るしかない」と言い、犬に信用されるって何?どうすればいいの?と、
子供心に悩みました。

その後、大人になり、親しい友人が、「旦那が野良猫を拾ってきたから、
仕方なく面倒を見ている」と言いました。友人は、動物は飼いたくない。
自分の子供たちの面倒だけでも精一杯なのに。何で猫の面倒まで?
別に猫なんて好きじゃないし、経済的な余裕がない!
と散々愚痴を聞いてきたのですが、その猫が病気になった時、友人は、
「猫に手術をしてあげたいが、お金がない。猫の命より、自分の子供の
ことが大事だ。お金を言い訳にする私は最低。猫にも命があるのに!」
と、自分を責めて泣きじゃくっていました。

そして先日の話に戻ります。犬を飼っている別の二人の友人がいます。
一人は犬が大好き。もう一人は、犬が苦手。
でもそれぞれ、旦那が連れてきた犬の面倒を見ているわけです。
好きでも苦手でも、二人ともきちんと犬の面倒を見ています。
(二人とも、誰もが知っている犬種の犬を飼っています。)
しかし、犬好きの友人が犬が苦手の友人に「あなたの飼っている犬種は
人間のエゴで作られた犬なんだよ。生まれながらに障害を持っている。
そんな犬種を飼うなんて、気が知れない。犬が可哀想」と言いました。
犬が苦手な友人は、そんなことは全く知らずに、大変なショックを
受けたようです。

でも私は、牛・豚・鳥の肉を美味しく食べますし、野菜も食べます。
サラリーマンの家で育ち、動物や植物との共存を経験していません。

全ては、人間のエゴで成り立っている世界で生活しているんだとは
思います。改めて考えることはありませんでした。

でも、友人同士が言い争っているのを聞き、しかも彼女たちの旦那は
「好みではない食事には手を付けずに残す」と聞いています。
せっかく彼女たちが作った料理に手を付けないって何?!っていつも
思うのですが(私からすると、彼女たちは本当に料理上手です)、
人間である自分たちが、自然界と、生死をかけて向き合っている訳では
ないのに(私や友人たちは、便利な地域で、マンション暮らしをして
います)、犬種の事で言い合っていることが不自然に思えて・・・。

自分はもっと、自然界の事に目を向けて、野生動物や植物の事を
勉強すべきなのか?と思いつつ、動物を飼う(家族として考える)
ことへの理解が足りないのか?と思ったり。

皆様は、どう折り合いをつけていますか?
私は、人間のエゴで作られたとしても、一生懸命、動植物と向き合う
人達を尊敬しますが、どこからどこまでが、人間のエゴなのか・・・。
全く分かりません。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2

ベストアンサー率 21% (111/517)

新しい犬種を作り上げた人は、障害を付随させることまでは気が回らなかったのだと思うし、新犬種を作るのが盛んだった当時は人間に対してもそんなに思いやりを持っている時代ではなかったようだと思います。
自然界の動物たちに対しても、当時の人類はかなり傲慢な気分でかなり横暴で身勝手なことをしていたようです。でも当時の文化なので、当時としては普通。その結果を経験して、今の思いやり文化が生まれたのだと思います。

現在は、新犬種のうち、障害を付随させてしまった犬種は、その障害の種類とか経過とか対処法とか、その犬種を愛する人たちが情報を集めて公開共有してらっしゃるようです。


どこからどこまでが人間のエゴなのか
という質問に関しては、上記の自己愛エゴと他者愛エゴ全てを踏まえて、

>全ては、人間のエゴで成り立っている世界で生活しているんだ

私の感想も、質問者さんのこの言葉に帰結します。
お礼コメント
noname#228166

お礼が遅くなりまして申し訳ありません。
ご回答くださった皆様のご意見は大変心に染みました。

まずは、目の前にある命を大切にする。ですよね。

言い争いをした友人たちは、今、目の前にいる犬を
とても大切にしています。毎日の犬のご飯や、散歩、
その他色々、一生懸命考えて、犬の幸せを考えて行動
していると思います(それが人間のエゴだとしても)。

友人たちは、様々な事情や縁などがあって、犬と一緒に
暮らし始めたようですが、一生懸命すぎて、言い争いを
してしまったのかな・・。

動物と暮らした経験がない自分には何も言えませんが、
まずは、今ある命を大切に。自分に出来ることをするしか
ないですね。

自己愛エゴ、他者愛エゴ。
どうせエゴなのなら、他者が出来るだけ幸せになるように
努力したいと思います。

皆様、ありがとうございました!
投稿日時 - 2016-06-19 22:48:37

その他の回答 (全5件)

  • 回答No.6

ベストアンサー率 9% (230/2439)

程度の差こそあれ、健康な人間も多少なりともほかの人との差があるものです。
目の前で命が軽んじられているようなら、それには反対しておく。
自分に降りかかってくる可能性あるので。

そのくらいの感じです。
  • 回答No.5

ベストアンサー率 11% (262/2299)

ざっくりですが、命1つづつを大事にするといいのではないかと思います。
  • 回答No.4

ベストアンサー率 10% (279/2608)

人間はほかの動植物の命をいただいて生きてます。
ゆるく対応してます。
たとえば、なるべくエゴが広がらないようにするくらいじゃないかと思います。
保健所などでの動物殺処分への反対署名に参加したりして。
  • 回答No.3

そもそもエゴって何なんでしょうか?
そんな事を言いだしたら、犬の存在そのものが人間のエゴです

犬の御先祖様は狼だと言う事は周知の事実で
人間の祖先が、狩りのサポートや外敵から身を守る為に狼を飼いならし
狼の方もも狩りをするより、人間の傍に居た方が、容易に食料に有りつけると言う事で
両者の利害関係が一致し、人間との共存を選び、犬と言う種族が生まれました

ですので、人間が居なければ、犬と言う種族は生まれなかったと思いますし
よしんば、狼から枝分かれして犬が生まれたまれたとしても
今日の様に大きさや形状が大きく異なり、多種多様になったのは
明らかに人為的作用が入った事が要因です

御友人達が飼われている犬種は何かは判りませんが、少なくとも純血種であるならば
何処かで人の手が加わっている為、自分の事を棚に上げて
他人のエゴをどうこう言うのは、第三者から見れば、「五十歩百歩」です

とりあえず、話を元に戻しますが、狼が人間との共存を選び犬になった以上
犬は人間と暮らすのが当たり前であり、そうあるべきだと私は思います

ちなみに、我が家ではコーギーを飼っています
コーギーは元牧羊犬で、胴長短足になったのは、牛などの足元を素早く潜り抜けられる様にする為
尻尾を切るのは、家畜などに尻尾を踏まれない様にする為です

また、胴長短足の体系が原因となり、将来的にヘルニアになり易く
腰に爆弾を抱えている事から、貴方の御友人が言う所の

『人間のエゴで生み出された生まれながらに障害を持っている犬』

って事になるのでしょうが、だから何?って感じです
犬が可哀想と言っていますが、産まれてきた以上
人間が責任を持って面倒を見るのは当たり前なのではないでしょうか?
それが私達をパートナーとして選んでくれた犬に対する人間の責任だと思います

最後に、一つだけ、人間のエゴで嫌いな事を書いておきます

我が家はコーギーを飼っている事は先に書いた通りですが例外なく、尻尾が有りません
日本の場合、殆どのブリーダーは生まれて間もなく断尾してしまいます
理由は、『スタンダードじゃなくなるから』

百歩譲って、牧羊犬として活動するのであれば、断尾はやぶさかではありません
が、しかし、ペットとして飼われる以上、断尾は全くの無意味
にもかかわらず、やれ容姿が変わるだの、やれスタンダードから外れるだのと言った理由で
断尾し続ける事こそが、人間のエゴなんじゃないかと

欧州の方では、断尾を禁止する法律が出来た所もあると言う事で
日本でもそうなる事を切に願います

(最後の部分、私情が入りました…申し訳ありません)
  • 回答No.1

ベストアンサー率 36% (413/1125)

作られてしまったまではエゴだけど
生まれてしまった以上はそれに関わった人間は幸せにしてあげる責任があるでしょうね。

その犬種の子が幸せに暮らしているならエゴとは言い切れないと思います。
言われた人が、品種改良し、子供を産ませたなら100歩譲ってその言葉を放ってもいいかもしれませんが他の人が行ったことまで責められるいわれはありませんよね。

その人に飼われなければ放っておかれたかもしれない、不幸な運命で処分される可能性だってあるのですから寿命全うさせてあげられるならいいと思います。
私は犬とかペットを飼うこと自体がエゴだと思っています。
ペット自身が家に入ってきて、ここで暮らしたいと言ったならともかく人間側が選んで拉致して閉じ込めているんですから。
ですが今の世の中野良でいるよりも共同生活したほうが幸せな子は沢山いると思うので犬猫に限ってはきちんとした飼い主の元ならそれもいいのだと思います。

人間を癒すために産まれてきたわけじゃない命なのでその個体が本能のままに生きられたらそれが一番なのでしょうね。
売るために作られた命=ペットショップでない
本能によって生まれてくれた子を紹介できる里親制度などがもっと利用できる環境になれればいいのでしょうね。でもそれでお金を請求するような人が出てくると問題なのでやっぱり拉致された命には選択肢はないのかな。
結果を報告する
このQ&Aにはまだコメントがありません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。
関連するQ&A
AIエージェント「あい」

こんにちは。AIエージェントの「あい」です。
あなたの悩みに、OKWAVE 3,500万件のQ&Aを分析して最適な回答をご提案します。

その他の関連するQ&A、テーマをキーワードで探す

キーワードでQ&A、テーマを検索する

ピックアップ

ページ先頭へ