- 締切済み
20歳の時何を考えていましたか?
主に男性の方に回答していただければと思います。 あなたは20歳の頃、何を考えていましたか? 仕事に対して、将来に対して、異性に対して、お金に関して どのように考えていたか教えてください。 現在まさに20歳前後だという方の意見もぜひ聞きたいです。
- みんなの回答 (5)
- 専門家の回答
みんなの回答
- K 蒔田(@120741)
- ベストアンサー率50% (2/4)
私は今、22歳ですが色んなことを考えているのが正直なところです。 仕事に関して言えば、個人事業主で働いていますがその経緯としては 『今、全てがなくなったとしても0から1を生み出せる』 この能力が必要だと感じました。 この考えが生まれたのは、大切な人が入院した時なことです。 確かに寄り添い大切な人の精神的不安は払拭出来るかもしれません しかし、経済的な面では私一人の生活を支えるだけで精一杯でした。 本当の意味で助けれないと感じ、稼ぐ能力を身につける為に決意し行動し今に至ります。 今後は、今の事業をアジアに進出させ日本の生地の良さを拡大させます。 私は20代で遊ぶか、必死に能力を身につけるかで今後の人生が左右されると考えます。 でも、どの道を歩もうとも正解ですよね^^ 何を考えどう行動し何を得るのか? 一生追い求める問いのように感じます。
- lefty17
- ベストアンサー率21% (46/214)
20歳の頃。 大学生でした。まだ就活はしていなくて、将来やりたいことも決まっておらず、スーツで通勤電車に乗っているイメージがわきませんでした。 なんとなく楽してお金稼げる仕事だったら良いな、と甘いことを考えていました。 仕事せずにギャンブルだけで生活できないものかと本気で考えました。 で、現在34歳。 スーツで通勤電車に乗っています。 厳しい社会に直面し、人間関係がうまくいかず転職を3回しました。 今現在の仕事はけっして楽ではありませんが、お給料は人並みにもらっています。 振り返ってみると、学生の頃の考えは甘かったな、というのが印象です 苦労もいっぱいしました。 でも苦労をした分だけ、成長できたと感じます
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11120/34614)
ちょうどその頃に世はバブルの真っただ中でしたからねえ。同級生は「俺、悩みがないのが悩みなんだよなあ」といっていました。私はといえば、このまま決められたレールの上に乗っているだけでいいのだろうかと考えていましたね。当時はどこの会社に就職するかで一生が決まると誰もが信じていたのです。当時の先輩が日本航空系列の会社に就職が決まり、実に鼻高々でした。当時はすごく就職が狭き門だったのです。「俺はJAL直系だ。お前らとは違う」って公言してはばからなかったでしたよ。実際、当時は誰もがそう思っていましたし、日本航空が潰れる時代がくるなんて、もし未来から来た人がそう言い出したらみんな一笑に付したと思います。 将来や仕事に対しては、甘く考えてました。就職が決まるのは当たり前のことでしたから。「いいところに入りたい」というただそれだけでした。 異性については、どうでもいいことで面倒くさいことをいろいろ考えてましたね。地雷女って言葉がありましたが、むしろ地雷男でした・笑。難しいこと考えずに「まず入れてから考えりゃよかったんだよ」って思いますね、今になってみるとね。
>あなたは20歳の頃、何を考えていましたか? 女のこと。頭のなかそればかり。とにかく20歳までの童貞をすてようと 決めていたのでとにかく彼女をみつけることばかり考えていました。 キャンディーズの蘭ちゃんに似た女子大生をつかまえて、彼女のアパート に転がり込んでそこから学校通っていたら見事に留年しました。 >仕事に対して、 なぜか自分はいい会社に就職できていい仕事につけるだろうという予感は ありました。希望したデザイナーの職にはつけなかったけど。 >将来に対して、 まぁ旧帝大に入ったのだから、大丈夫だろうと思ってました。 ところが、卒業時点は二次オイルショックで就職難。 本来なら学校推薦で楽勝のはずが試験をうけてやっと合格。 それでも大学の先輩の引きでその後はなんとかやってこれました。 >異性に対して、 私、チビですからもうハンディキャップを背負って大変でした。 幸い顔は悪くなかったから、お洒落な話題とあとは知り合ったら 早くベッドに持ち込む。それしか考えていませんでした。 学生時代の彼女にはずいぶんお世話になりました。 >お金に関して もう極端に貧乏。でも周りがみな貧乏学生で、工事現場の防寒着 とか米軍払い下げの軍服着てるようなヤツばかりでしたから そんな格好して女子大との合同ハイキングにくるのです。 でも皆自分がエリートだと信じてますから、気にしない。 まさに金は天下の回りもの。 無くても平気。最後の千円札握りしめてパチンコ屋に行っちゃう。 そういうでたらめな生活でした。 いざ困ると、家に電話。高い本を買うからとまとまった金を無心して ました。 >どのように考えていたか教えてください。 一つだけ、私には10歳で亡くなった弟がいて、彼の分まで俺は 幸福で面白い人生を生きるんだという思いはありました。 順調に生きてきたとすれば天国で弟が支えてくれていたのだと 思います。生きていれば今年還暦をむかえます。
- nagaineko
- ベストアンサー率28% (563/1990)
>仕事に対して 20歳というと、大学生でしたね。 専門職になる学部でしたので、大学に入った時点で、将来の 職病も決まっていたし、将来的には独立して、ウハウハやなーと 思っていましたね。 >将来に対して 大学にさえ入れば、どうにかなるだろうと思っていたので、 薔薇色の将来があるんじゃないか?と楽観的な妄想を 逞しくしていました。 >異性に対して 大学生になれば、可愛い彼女ができて、夢のようなキャンパスライフが 送れるんじゃないかと妄想していましたね。 >お金に関して お金持ちになれるだろうと、本気で思っていましたね。 大きな家を建て、ベンツに乗るんだと、夢を描いていましたね。 で、現実は・・・。 世間知らずでしたね・・・。(笑) 思い描いていたものとは、全く違いました。 さすがに心を病みましたよ。落胆が大きすぎて。 それでも生きていかなければならないんですから、 人生って厳しいもんだとつくづく思う今日この頃です。