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小説、漫画、映画の脚本を書いてる人、
勉強してる人に質問です NARUTOの作者、岸本斉史さんが 『本能として人が面白いと思うことは大体決まっている。 だから誰でも勉強すれば書ける』 とインタビューで言ってたんですが 誰でも勉強すれば書けるって 本当ですか?
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- kohichiro
- ベストアンサー率21% (306/1447)
>誰でも勉強すれば書ける その通りだろうと思います。 私の「勉強」の解釈は、小説書きならひたすら小説を書く、漫画家志望ならひたすらマンガを描き続ける、脚本家志望なら脚本を書くということです。まず、これに尽きるでしょう。それで、書けなくなったらそれまでです。なぜかけなくなるかといえば、それが志望にならなくなるからでしょう。誰もがそういうことを望むのは、書きたい、という思いがあるからで、それが消えないうちにひたすら書くことで水準以上の物かきへ上達していくのでしょう。 ですからそういった勉強が持続している限り希望は持てるということに成ります。 >「本能として人が面白いと思うことは大体決まっている。 だから誰でも…」 この部分は、上達したら、書いたものは一般性がある(はずだ)。つまり、誰にも売れるものが書けるということだろうと思います。売れなくても、興味を持ってくれるひとはいるということです。ネットに発表していれば、何かしらの反応はあると思います。いなくても最低読者は一人居ます。自分です。私は他にそういった傾向のものがなかったので自分で創るしかなかったということですが、長くやっていれば案外他にも同好の士は居るものですw。 昔はペンや鉛筆で書きましたから、「ぺんだこ」が出来ました。現代ではわたしたちはプロも多くがパソコンで書きますから、ペンだこは出来ません。なので恵まれていると思いますw。
- izumi044
- ベストアンサー率36% (1335/3634)
勉強中の身ですが、話の前後がわからないので、この言葉をどう解釈したらいいのかよくわかりません。 誰でも、勉強すれば書けるようになるとは思います。 ただし、それでベストセラーや大ヒット作が書けるという意味ではないですよ。 もしそうならば、B級○○なんて評価が作品につくなんてあり得ないってことになりますから。 >本能として人が面白いと思うことは大体決まっている。 これをどう解釈するかですが。 人を自分と仮定した場合。 それが作品の「核」となるでしょうね。 その「自分が面白い」と感じた・考えたものを、どう表現するか。 そのための勉強が必要ということでしょう。 多くの作品に触れることで、多彩な表現方法を知り、理解し、その時、その場に合った表現を選択することが可能になります。 また、人を他人と仮定した場合。 「その人の作品の、何がどう面白いのか」これを分析することが大切です。 ドラマのアオイホノオで、大学生の島本和彦が、あだち充の魅力を分析し「だからスゴイ」というシーンがありますが、同じように「なぜ、どうして」を考える人と、作者のお決まりのパターンとしてしまう人とでは、作品に対する理解度がまったく違うように思います。 前者は、中身のあるものに対し 後者は、張りぼてです。 だから、誰かのスタイルを真似て作るだけでは、スッカスカの作品だとすぐに見透かされてしまいます。 大切なのは ・他人の作品の「面白い」の張り合わせではなく、自分の「面白い」を形にするための勉強。 ではないかと思います。 そこまで考えて書けるのならば、たとえプロにはなれなくとも「○○らしい」と感じてもらえる作品には仕上がるはずです。 また、二番煎じと言われないためには、いいとこどりのコラージュのような作品ではなく、自分が作品を通して伝えたい「テーマ」や「思い」は、最低限必要になると思います。
- SPROCKETER
- ベストアンサー率26% (2128/8000)
作家、漫画家、脚本家などではありませんが、「本能として人が面白いと思うことは大体決まっている。」という意味解釈を間違えていると思います。 人間の本能には、食欲、睡眠欲、性欲の3つがあり、それに関連したテーマや演出を加えて描いていれば、面白いと感じるものだという意味です。他にも、美人、子供、動物という3原則があり、この3つが出ていない映画は人気が出ないで失敗します。 小説、漫画、映画にポルノが多いのは性欲を刺激すれば見るからで、どの分野も過半数がポルノだと言われています。商業メディアは失敗が許されないから、これらの原則を無視した制作は出来ないわけです。 インターネットが表現規制が緩いのに対して、出版や放送は政治的な規制が厳しい為に、衰退していますが、これは逆に言えば、個人の創作をインターネットに公開する土壌が定着し、有料でプロの作品を見る土壌が崩れ始めているのを意味していると思います。 誰でも3原則を守って勉強すれば、一定のレベルまでは作品が作れるようになれます。もっとも、今は商業利益を目指す創作ではなく、個人作品の発表という趣味を満足する為の創作になっているようです。 昔は難しかった創作ですが、漫画、映画などはソフトを使って作れるようになり、アマチュアでもプロ並みの作品を作ることも出来ます。 しかし、どちらかと言えば、人気を呼んでいるのは、創作よりも動画編集のように、編集して自分の作品を作りたい人達が多いようで、動画素材の不足などが影響して、欲求不満が溜まっている人が多いようです。