• 締切済み

国鉄民営化についての疑問

1:国鉄時代の赤字は土地を売れば無くせたのに、なぜ売らなかったのか? 2:なぜ赤字になるとわかっていたのに6社(貨物を含めれば7社)に分割したのか? 3:国鉄時代に出来た借金+積み重なった利子は結局、国の借金の1000兆に組み込まれ税金で返すことになったのに、なぜ民営化の成功と政治家の方々は言うのか?

noname#258949
noname#258949
  • 経済
  • 回答数4
  • ありがとう数1

みんなの回答

  • yoruaru-q
  • ベストアンサー率17% (476/2703)
回答No.4

>なぜ民営化の成功と政治家の方々は言うのか? 企業と結託するタイプの政治家にとって脅威である国鉄の労働組合を解散させることに成功したからです。 逆の立場の政治家(労働組合の支持をうけるタイプの政治家)にとっては失策だったと考えられます。

  • Willyt
  • ベストアンサー率25% (2858/11131)
回答No.3

国鉄を民営化した理由は何だかお分かりでしょうか。もちろん赤字解消なのですが、国鉄を赤字にした最大の原因は労組が強すぎて経営者にはこれに対処する力がなかったことなのです。そこで国鉄を民営化し、これを分割して組合の力を削ぎ、従業員を再雇用し、経営に口出しをするおそれのある過激な職員を閉め出したのです。これが功を奏して新生JRのすべてが黒字ないしは大幅に赤字を削減することに成功したのです。だから成功なのですよ。この際、動労はこの改革に賛成して協力したので動労の組合員の殆どが再雇用されましたが、札付きの国労職員の多くは職を失いました。国労の主目的はブルジョアの手先であると断定した国鉄をつぶすことにあったのです。それが正義と信じた指導者達が組織していたのが国労でした。ですから赤字になるのは当然だったのです。

回答No.2

1:国鉄時代の赤字は土地を売れば無くせたのに、なぜ売らなかったのか? なくせたとする根拠は? すぐに売れて買い手が付くような土地は殆ど無い。 使用している土地を売れば鉄道事業が継続できない。 2:なぜ赤字になるとわかっていたのに6社(貨物を含めれば7社)に分割したのか? では分割しなかったら黒字だと思っているのかな? 収益が見込めるところ(本州3社)と他を分割することで経営責任を明確化できる、地方によって異なる地理的条件や需要に対応しやすくするため。 3:国鉄時代に出来た借金+積み重なった利子は結局、国の借金の1000兆に組み込まれ税金で返すことになったのに、なぜ民営化の成功と政治家の方々は言うのか? それ以上の赤字が出なくなる強大になつた労働組合を押さえつけることが出来た。

  • tzd78886
  • ベストアンサー率15% (2589/17101)
回答No.1

(1)当時余剰とみなされた土地は売却されましたよ。埼玉県でも「さいたまスーパーアリーナ」がある「さいたま新都心」新三郷駅付近は国鉄から売却された土地です。 (2)地域の実情に即した経営という名目でしたが、不採算のローカル線をどんどん廃止するためだったのだと思います。 (3)少なくとも採算が取れない路線が無理やり維持されることはなくなりました。「公共企業体」だと税金で維持することを当然と考える人が少なからずいましたから、ある意味成功といえなくもありません。

関連するQ&A

  • 国鉄分割民営化はどのようにしていたらより成功していたのでしょう?

    もう20年も前ですが国鉄が分割民営化されました。その当時37兆3000億とも言われた借金が国鉄にはありましたー試算の仕方で額なんていくらでも変わりますが… 政治改革の一環として国鉄の民営化が実施されました。国鉄の債務を清算事業団が引き継ぎ、民間のJRとしてゼロからスタートしました。民営化に関しては評価は個人にによって様々と思います。 私は結果的に、成功を収めたと言っても良いのではと考えています。理由は以下二点です。 1)私は当時まだ選挙権すら無い子供でした。通学で国鉄を利用していました。国鉄職員の利用者に対する態度は客に対するそれではなかったと記憶しています。「利用させてやってるんだ。ありがたく思え!」といった態度でした。私が成人していない子供でしかないとばかりとは言えないようでした。JRになってから我々利用者を客と考えてくれているように感じます。 2)今ではとても信じられませんが… 国鉄時代ダイヤが完全ストップしたことがあったと思います。確か最大3日国鉄が止まっていた記憶がありますーすいません曖昧な記憶で。人体で言えば鉄道は血流です。その血流を長時間ストップさせるなんてすごいことをするな~ と子供心に思った記憶があります。JRになってから、この国鉄のようにダイヤが大がかりにストップした記憶を持ちません。 以上を主な理由として、国鉄→JR は正しい選択だったと評価しています。少なくとも我々利用者にとっては成功だったと評価しています。一方で清算事業団が負った債務は結局処理できなくて、国(国民)の負担で終わったなどのマイナス面も散見されます。 どのように対応していれば、より良い結果が得られたのでしょうか? 今度の年金問題をきっかけに省庁を含めて多くの公共団体を民間に移項しなければいけないかも… と考えている者です。過去を教訓として生かしたいと考えています。以上宜しくお願いします。

  • わが国における国鉄民営化は成功だったのか?

    2012年春のダイヤ改正が発表されましたが、新幹線こそ新型車両の増強などで便利になるものの、在来線では日本海ときたぐにの廃止やローカル線での本数減など、ますます不便になっていきます。 来春で国鉄の分割民営化から四半世紀になりますが、四半世紀前と比較すると便利になったのは新幹線と都市近郊のごく一部でしかなく、民営化のときに懸念されていた「鉄道輸送サービスの低下」が現実のものとなっています。 一方では「JRはなぜ変われたか」という利用者を無視したトンデモナイ本が発刊されておりますが、はたして、本当に国鉄の民営化は成功だったのでしょうか? もちろん、成功・失敗には分割による要素も大きいですが、ここでは「民営化」に関することでお願いします。

  • 今考えると国鉄は分割民営化する意味はあった?

    2016年現在の情勢から考えて国鉄は分割民営化されたのは成功だったと思いますか? それとも失敗でしょうか? 鉄道に詳しくありませんが、JR線の母体が統一されていたら競合他社はどのように困るのでしょうか?

  • 戦後の民営化‐最たる成功例は?

    戦後の民営化‐最たる成功例は? 【1】 戦後に行われた各種の民営化の中で、 あなたが最もインパクトのある民営化は何ですか? 【2】 戦後行われた各種の民営化の中で、 あなたが最たる成功例と思うものは何ですか? ※私は1980年代初頭に生まれながらも、 一度も旧国鉄を利用せずに、 1987年の国鉄分割民営化を迎えしまいましたが、 やはり国鉄分割民営化が最もインパクトがあり、 それにより誕生したJR東日本が最たる成功例だと思います。

  • 旧国鉄の負債は、国とJRが引き継いで払っていますが

    旧国鉄の負債は、国とJRが引き継いで払っていますが 1、分割民営化当時の負債額が?円で、現在?円まで下がっているのか? 2、この負債はどこに借りて払っている借金なのか? 教えて下さい。

  • 国鉄を現在の分割・民営化以外の形で再生させることはできたのか?

    国鉄を現在の分割・民営化以外の形で再生させることはできたのか? タイトルの通りです。国鉄改革は成功したとは思いますが長期不況による消極的経営手法にならざる得ないのか、ともすると国鉄よりサービスダウンした事柄も目につく気がします。 今さらながら国鉄で生じた諸問題の解決には新会社設立が必要だったのでしょうが、現在の形以外で再生を図ることはできたのでしょうか?(例えばの話ですが2社か3社に分割を抑える等) 人口が減るなかで、経営を優先する以上、いつかはごく一部の通勤路線と新幹線しか残らない気が…はたまた鉄道の役目は全体的に終わりの方向に向かっているのでしょうか。 とりとめのない質問になってしまいましたが回答のほど、よろしくお願いします。

  • 旧国鉄にまつわる思い出を教えてください

    私は1980年代初頭に生まれていながら、 一度も国鉄を利用することがないまま 1987年の国鉄分割民営化を迎えてしまいました。 当時は幼少であったとは言え心残りがあります。 鉄道公安職員も見てみたかったと悔いています。 【1】 そこで、旧国鉄にまつわる思い出を募集します。 現在のJRとは違った点について触れながら、 国鉄時代の思い出を語っていただけると嬉しいです。 【2】 旧国鉄は民営化される際に、 旅客6社と貨物1社に分割されました。 その関連でついでにお聞きします。 都市部のJRでは電子マネー機能も兼ねた IC式乗車券が導入されつつありますが、 各地域会社ごとにICカードが違います。 皆さんはこれを不便だと思いますか? それとも各社ごとに異なるICカードの導入は、 バラエティに富んでいて楽しいと思いますか? <JR各社のICカード> JR東日本 → Suica JR西日本 → ICOCA JR東海  → TOICA JR北海道 → Kitaca JR九州  → SUGOCA(導入予定)

  • 郵政民営化はJRみたいに成功に終わると思いますか?

    国鉄分割民営化⇒JR東日本 の例みたいに大成功に終わると思いますか?

  • 国鉄とJR

    JRに変わってもう20年くらい経つでしょうか。私は概ね成人するまでは国鉄、大人になってはJRという感じですが、大人になると自分で車を運転することが多いので、あまりJRを使う機会はありませんが、国鉄時代は旅行などではよく利用していました。とにかくトイレは汚い・紙がない・チィッシュは有料・駅員は不親切というイメージがありましたが、JRになるとそのあたりは随分改善され、駅に敷設してきれいな店ができたり、ふと気付くと駅舎が綺麗に改装されている駅が多くなったと思います。 国鉄の方がよかったのは、駅に風情があったり、電車が来たときのアナウンスの声に特徴があってマネする人もいたり、そういうのは昔の方がよかったと思います。しかしながら、最近駅舎が次々に改装されるということはおそらく累積の赤字は解消され、要は儲かってきたということだと思います。単純な質問ですが、国鉄時代に「赤字」「赤字」といって永遠に返済不可能みたいなイメージがありましたが、どうしてここまでよくなったのでしょう。旅情・風情という点では、北海道・九州など不採算路線に鉄道マニアが好きそうな路線があったこと・新幹線や特急などに食堂車があったことなどを含め、国鉄時代に軍配が上がりますが、経営的にはJRです。これならもっと早く民営化すればよかったのにと思うところですが、どのようにして経営改善できたのでしょうか。確立したノウハウがあるのであれば、今もしぶとく民営化したがらない独立行政法人の運営の参考になるのではと思うのです。

  • 旧国鉄駅には「警察官立寄所」の貼紙がなかった?!

    私は旧国鉄(公社)時代に生まれながら、 一度も旧日本国有鉄道を利用することなく、 1987年の国鉄分割民営化を迎えてしまいました。 五歳だったので旧国鉄駅を知りません。 さっきJR上野駅の改札口で、 「警察官立寄所」の貼紙を見ました。 国鉄(公社)が自社で司法警察権を行使できた民営化前は、 この貼紙は無かったのでしょうか? (法律上は、一般の警察官も国鉄構内で活動できたが、 旧国鉄は政治暴動でもない限り警察の介入を嫌がった。) ※一方で、旧日本郵政公社も、司法警察権はあったものの、 強盗などは郵政監察官の機動力で対処できないためか、 「警察官立寄所」の貼紙は公社時代からありました。 国鉄世代の方、教えてください。