江戸時代の武家は女尊男卑ですか?
江戸時代の武家は女尊男卑ですか?
歴史上の通説は嘘が多いと思っていますが、江戸時代の武家は女尊男卑の傾向が強いのではないでしょうか?
前提条件で、
1 男女間の関係より、家の結びつきや家格における上下関係が強い。
2 結納金は妻の財産である。また、離縁するときには返さなければならない。
3 お金の管理は妻の仕事であった。
上記、前提で考えたとき、武家社会のようなピラミッド構造で、長子しか家が継げず次男以下は機会が無い限り部屋住み。女性の場合器量が良ければ高位の武家への側室や妾の場合もあるでしょうが、基本的に格下の家へ嫁ぐケースが大半でしょう。(嫁ぐ家の数が決まっている以上、上位の家の女性は格下の家に嫁がせられる)
イメージ的にお姫様と従者の関係のような結婚が多いように思えます。位も低く、金銭的にも管理された
実権を持たない旦那が多かったのでは。
嫁姑の争いは、家庭内の実力者の頂上決戦だったのかなと。
武士の街、江戸は極端に男女比が偏っていたことは知られています。 若い女性であれば、未婚既婚にかかわらず誘惑も多いでしょう。 姑がいない場合は仮に浮気しても、それを問題にできるのか疑問です。問題にすれば仲人である職場の上司と妻方の家の面子を潰します。この時代の武家は無能でも仕事につけますが、問題を起こした場合はその限りではありません。 金銭が管理せれている側が妻に持参金を返せるとも思えません。夫としては泣き寝入りくらいしか対抗策がないような気がします。
親に従い、嫁いでは夫に従い、老いては子に従い、なんて儒学者の言い回しがありますが、当たり前であれば、このような言葉は世に残りません。 親の言うことを聞かない娘、逆らえない妻、頭の上がらない母に対しての、無念の鎮魂の意で言葉が残っていると解釈した方が自然に思えます。
前提条件等でおかしな点があれば指摘ください。
お礼
ご回答ありがとうございます。 そういうことですか!!よく分かりました。 寺子屋の様子を描いた絵には、男女が机を並べているものも稀にあって、不思議に思っていました。 すっきりしました。