忘れもしない、あの暑かった日、昭和20年8月15日の終戦。私は奈良県丹波市町(今の天理市)の海軍奈良航空隊で甲種飛行予科練習生として厳しい訓練を受けていました。
旧制中学3年生、満15才になったばかりの歳でした。勿論当時の戦況は最悪で、入隊したら萬が一にも生きて帰れる望みは全くありませんでした。
入隊に出発する前夜、散髪に行き、短い髪の毛を半紙に包み、遺髪としたため仏壇に供え、馴れない手で墨をすり、「先立つ不孝をお許し下さい………」と遺書をしたため、翌朝(帰ることが無いので)「では、行きます」と挨拶して出発しました。
今にして思えば、母や父の心境は「胸裂かれる思い」だったと思います。
あれから70年、幸運にも平和が続いており、私も80代半ばとなりましたが、全世界では戦争や侵略が行われております。
また、ならず者国家や日本領土を占拠しておきながら反日をとなえる国もあります。
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